暗記が好きな生徒がいる。
日本の全都道府県・全県庁所在地に始まり、それぞれの県の名産品を言えるヤツ。ジャニーズの某グループのメンバーの生年月日全てを言えるヤツ。
その気持ちは実は僕もよくわかり、例えば某ゲームの長セリフ(7分ちょい)は、効果音含めてほぼ暗唱できる。マリオの敵キャラも、マリオワールドまでならほぼ言える。
―この能力や考え方を、僕は別にアーダコーダ言うつもりはない。むしろ素直にすごいことだと、シンプルに尊敬する。
では、今日言いたいことは何か?
それは、『暗記が苦手だからと言って、自分を下に見る必要はありませんよ』という旨である。
では、どういうことか、以下続き。
データそのものよりも・・・。
データを知っていることもある意味武器だが、それだけだと不十分だと感じる。
何故かというと、どんなレベルのクイズ王も、知識量に限定すれば、多分スマホでアクセスできる集合知には敵わないからだ。
つまり、『データそのもの』は、そんなに価値を持っていないという話なのだ。ほんの20数年前ならそうはいかなかっただろうが、今は話が別ですんで。
はい。では、このデータをどう捉えておくのが適切なのか?以下、私見です。
まず、『データの在り処』を知っておくことがマストだ。こうすることで、情報を日々アップデートすることができる。
例えば、各都道府県のコロナ感染者数をいちいちニュース等で知るのも悪くないが、それぞれでデータを発表しているため、それを見た方が早い。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/brand/covid19/graph_20200802_03.jpg
『歴史』や『数学の公式』みたいに、一度定説や照明が出ればほぼ二度と変わらない情報はさておき、日々変わるものが前提のモノは、覚えるのではなく更新が前提だ。
―他には、『データ』に対し、別目線や体験談、アイデアを添えることによる付加価値も大切だな、と。
ちなみにこれを仕事にしている人も多い。実は講師である僕たちもその一人だ。
単元という既に与えられたデータを、どう伝えるか?どう活かすか?こういう意味で考えれば、僕らはデータをそのまま話しても価値は生めない。
逆に言えば、既にあるデータに『自分の感想』や、『他の知識との繋がり』、『それを使用しての体験・経験』などを付けられれば、途端にオリジナルの価値となる。
ただ覚えているだけの人は、意外と独創性が欠けていることが多い。『ウンチク』はあまり意味で使わないのと同じで、衒学的な人は評価を得ないのだ。
日々の勉強・学習の参考にされたし。では今日はこの辺で。