精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【小ネタ】『僕の夢論』についてこないだ生徒にスピーチしたので、ついでにシェアしとく。

モチベーショントークは営業色が強いし、小手先感があるのであまり好きではないのだが、こないだふと紹介したい自論ができたので、生徒に語ってみた。

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基本人の話を聞くのは嫌いな顔ぶれだったが、僕に熱が入っていたからか、結構集中していたように思う。

 

ってことで手前味噌だが、僕が話したことをなるべく無添加無修正でここに書いてみようとおぼす。

 

『オトナ』になったらツマらないんでしょ?とよく言われます。

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理由は、したくもないことを何時間もして、夢も段々無くなっていって、そして何より歳を取っていくからとか、そういう感じです。

 

確かに僕も昔はそう思っていました。高校生活を満喫しているとき、大学に受かったとき、そして大学を出るとき。

 

その都度その都度、今が一番楽しいんだろうなと、これから人生は『同じことの繰り返し』になってくんだろうなと、どこか冷めた感じで人生を考えていました。

 

―しかし、それは間違いでした。もうすぐ30歳の今が、人生で一番楽しいです。

 

何故か?それは、人生で一番夢が叶っているからです。

 

ずっと欲しかったプロジェクターで、壁一面にYouTubeを映して観ているとき。釣りたかった魚を釣ったとき。美味しいものを食べたとき。

 

毎回毎回、『夢が叶った!』と思います。夢を叶えることに誰の許可も要らなくなった今、子どもの頃からは想像もできないほど早くテンポよく、夢が叶います。

 

―ってとこまで喋ると、鼻で笑っている人もいるんじゃないかな?お前の言うそれって、『ただの欲望』じゃねーかと。遊びじゃねーかと

 

そんな小さいものを夢とは言わないんじゃね、と。

 

―そういうのが性に合わない人は無視してくれればいいんだけど、俺はそういう生き方は寂しくて息苦しいとしか思わないです。

 

きっと、皆は『夢』に条件を付けられてきたんじゃないかな?すぐ叶うものは違うとか、他の人に立派と言ってもらえるものじゃなきゃダメ、とか。

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例えば、リッパな仕事に就くことが夢だ、いい大学にいくことが夢だ、大企業に入ることが夢だ。そんな風に。

 

少しの努力で叶うものは夢なんかじゃない、と。ハッキリ言うけど、その価値観もまた極端でおかしいとは思わない

 

仮に大学に行くことが夢だとしたら、その途中の期間は何なの?ずっと失敗?それとも、夢が叶うまでの下積みってこと?なんかその発想って貧しくない?

 

冷静に考えたら疑問に思うんだけど、『夢』に条件を付ける人たちって、いくつそれを叶えてきたんだろうね?

 

例えば、大学に受かり、大企業に入社した!それが僕の夢が叶ったときです!・・って言う人は、人生で2回しかその瞬間がないことになる。

 

それなのに『夢っていいぞ!』と語られるのは、僕はどうにも腑に落ちません。『夢は苦しみの先にある!』って言われても、たまたまじゃね?と思っちゃいます。

 

だからこそ、いっそそのバリアを破壊しちゃいましょう。夢とは欲望なんです。欲望とは夢なんです。人類を発展させてきたのは、つまり欲望なんですから。

 

いい学校に行くことも、美味しいご飯を食べることも、同列なんです。一本の線の上に二つとも乗っているんです。

 

毎日夢が叶った方が、単純に人生って面白くないですか?僕は今、そんな子供みたいな価値観・考え方で、本気で生きています。

 

―この考え方をゲットするコツって本当に簡単なんですよ。今したいことを思うだけ。家に帰りたい?ならそれが、今の君の一番身近な夢です。

 

もちろん、ドラえもんのOPみたいなデッカイ夢を描いても良いんです。でも、苦しまなければ叶わないと思うことはナンセンス。

 

どうすればラクに早く叶えられるかな?これに頭を使ってみてください。

 

誰かにモノを教えるのが夢なら、先生になるため教育学部を目指すんじゃなく、今すぐ下級生に宿題でも教えてあげればいいんです。

 

石の上にも三年と言いますが、それを1日とかに短縮できる人が、今の世の中を楽しく生きられるんです。

 

時代や文化はもう、俺と君らの間でも違うんだから、君らのお父さんお母さんの頃からとは猶更です。

 

もっと楽しく生きても良いんです。そんな風に考えてみたらどうでしょうかね?

 

・・・ってことを喋った。僕自身も夢に条件を求められ、周りの大人たちが理想とする水準のそれを言うまでは、徹底して大なり小なり否定されたのを覚えている

 

結果どうなったか。寝てるときに見るそれ以外の『夢』の見つけ方を忘れてしまった

 

思い出すのにかな~り長い時間が掛かってしまった。再発見の契機は、楽しそうに人生を送る方々の暮らしを、衝撃と共に追いかけたことである。

 

その人たちは、長期のプランを持ちつつも、現状に焦点を合わせ、嬉しいことがあれば素直に喜べる。途上を否定しない。

 

そういう生き方の方が楽しいと思えたのだ。毎日が新鮮だった子どもの頃みたいに。

 

―そんなことを皆様も思っていただければ、少しだけ嬉しい。では今日はこの辺で。

 

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