テスト対策をしながら、生徒の答案を採点しながら、実は内心ため息をついている単元がある。
それはいわゆる『三人称単数現在形』である。あの-sとか-esとかを動詞にくっつけるアレである。
・・・少し話が脱線するのだが、どっかの中学校で結構デカい規模で行われたアンケートにて、生徒に対し『いつ頃から英語が嫌いになったか』を調べたものがある。
すると、結構な数(嫌いになった生徒の内60%くらい?)がタイミングとして挙げたのが、中1の2学期中間頃。つまり、三単現である。
そこからもわかる通り、実際この単元は非常に厄介で、しっくりくる教え方を未だに開拓できずにいる。(教える側も難儀していることは、動画授業の多さをみてもわかる)
だからこそ思うのだが、必死こいて三単現を刷り込む意義とは何なのだろうか。
というか英語教育において全体的に、語形変化に異様に拘る空気って何なのだろうか。
鬼の首を取ったように『はい、語形変化してないからバツー☆』という空気感、実はすっげえ嫌いである。そんな些細なことでマウントを取ってどうするんだと。
だから今日は、提案とか愚痴とかそんなこととかを書いてみようと思す。
オンラインゲーム絡みでドイツの人とかイギリスの人、そしてアメリカの人とチャットすることがあるのだが、実は結構三単現のミスが目立つ。
例えば『haves』とか、Wordで打ち込んだらうにゅうにゅした赤線が引かれるようなスペルが、5~6行に1つくらいの頻度で登場する。
だが、彼らがそれを気にする様子は一切ないし、それについて突っ込むのも変な気しかしない。英語についてネイティブに外国人がミスを指摘する。滑稽すぎる。
だから実際に訊いてみたことがある。
『日本だと-sとか-esみたいなのをクッソ気にするんだけど、ぶっちゃけどう思うよ?(英語)』
すると回答は非常に明快であった。
『どうでもいいし問題もねぇよ(英語)』
―ワオ。救われた心持がするぜぇ。ちなみに、『そんなことに拘っているから、英語で言いたいことを発信できねぇんだろうよ』と男前なことも言われました。
だからこそ、三単現に1ヶ月も費やすようなカリキュラムってマジ不毛である。粗削りでも表現をたくさん伝えて、繰り返す中で固めた方が良いように思う。
テストでミスが無ければ評価はされるが、それはミスをしないという一点しか見えないので、英語を『使えているかどうか』は度外視されているも同然なのだ。
アイクぬわらは文法ミスが結構多いが、言いたいことは伝わるし、コミュニケーションも抜群に取れている。あれこそまさに好例だ。
というか、文法ミスをすると笑われるという経験を積み過ぎたからこそ、1級を取った今でさえ、僕も外国人に英語を使うのが怖いと思っている。
本当に根深いよなぁ、と。ということで、別に単語の変形程度は出題しても良いと思うのだが、英作文でそこを追求しモリモリ削っていくのは止めるべきじゃなかろうか。
内容が良ければ些細なミスはチャラにするとか、加点のシステムがあっても良いと思う。
もちろんこうすれば採点者の裁量が大きくなるが、そもそも英作というものがそういうものなので、そういうのは今さら論である。
内容は良いけど単語スペルが違って語形を変化させていないから零点。こんなマジクソうんちwなやり取り、本当に消えてほしい。
来年は教科書が変わり、英語教育に大きなメスが入れられるという。それに伴って、三単現とかの重要度、下がらないかなぁ。
一講師として、あと単純に一学習者として、それは願ってやまないところでゴンス。
では今日はこの辺で。