頭痛は治ったけどダルさが抜けきらない中元です。もしかしたら頭痛薬の飲み過ぎかな?オーバードーズ?
さてさて。今日英語の学習を先取りで進めている生徒から【完了形】の言わんとすることがわかりづらいという質問を受けた。
一応伝えておくと、いわゆる【have V.p.p】のことであり、確かに正確な理解を完璧にしている生徒はほぼいないという印象がある。
しかし驚いたのは、その説明に対し、自分もちょっと窮したことである。正直、使いどころも文法も、問題として問われれば間違いはしないのだが・・・。
いざ人に概念を伝えようというときに、それに難儀したということは、僕自身がやや落とし込み切れていないという言い逃れられぬ証拠ということになる。
となれば、ここを掘り下げておかないと、いずれ激しめにボロが出る可能性も否定しきれない。それはさすがに嫌でござる。
てなわけで今日は、言語化が結構難しい【現在(過去・未来)完了形シリーズ】の理解を整理整頓するべく、メモ帳代わりの記事を書いてみる。
そもそもどういうときに【完了形】を使いたくなるのか?
まずは思いつくまま、適当な例文を書いてみようと思う。
I've lived in Japan for 10 years.
I've been to Okinoerabu island 5 times.
I've already eaten lunch.
If I play the TV game again, I'll have played it 8 times.
The party had already started when I arrived.
―などなど、って感じかなぁ。書きながら「どういうメッセージを込めているか」に意識を向けてみたが、とりあえず上4つと下1つでは、結構内容が違う気がする。
それぞれ、メタも含めて言葉にするとこんな具合。
I've lived in Japan for 10 years.
(10年日本に住んでんだよ。もちろん今もな。)
I've been to Okinoerabu island 5 times.
(現時点でだけど、沖永良部島に行ったことが5回あるぜ。)
I've already eaten lunch.
(もう昼飯食っちまったよ。だから飯食いにいけねーわ。)
If I play the TV game again, I'll have played it 8 times.
(もしもっかいそのゲームしたら、もう8回やったことになるぜ。)
The party had already started when I arrived.
(俺が着いた時には、もうパーティは始まってたんだ。)
どの参考書にもあるが、やはり現在完了形(上3つ)は、(昔の話から)今の時点でというメッセージに重きが置かれている印象である。
特に最後の【完了用法】というものは、「だから今は~」といった結論を引っ張り出す暗示になっている気がしている。
本当に感覚的な話だが、例えば【I've just finished my homework.】と言われると、【今!ちょうど今!終わったんだよ!】という点を強調している風に感じる。
まぁこの辺をこだわりぬいても、「彼は来る」と「彼が来る」の違いを延々と考えるのと同じで、生産性は特にない気がするので止めておく。
とりあえず【現在完了形】は、継続と経験だと「現時点では」という暗黙の前提を感じるし、完了ならば「だから今は」という暗示を覚えるというので僕は納得である。
―そして未来完了形も、なんかまだギリ口頭で使うかなぁという印象である。日本語でも、雑談の中で、例えば以下のようなやり取りは結構自然に出るのではなかろうか。
「来月には、ここで勤め始めて6年になります」
「もう1回京都にいったら、10回くらい行ったことになるだろうな」
「あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はこの世にいないでしょう」
・・最後の1つだけふざけてみたが、まぁこういった「未来の時点で完了していたり経験していたりっていう予測」を伝えるときの表現が【未来完了形】という印象だ。
「今はまだだけど、将来は完了してるよね/継続してるよね/経験してるよね」という風に。こういう意味では、未来表現との違いはさほど感じない。
ちなみに、ここで難儀する生徒はほぼいない。なんかこう、サクサクっと理解して使いこなしているヤツが多めだ。
さて。問題はやはり、いまいち名前も要領を得ない【過去完了形】である。ここをきちっと言語化できないと、ふわふわしたままにこれからも指導に当たることとなる。
それは爆弾を抱えたまま講師という仕事を続けるのに等しい。取り除かねばならぬ。
ってことで、以下思いつくままにこの概念を整理整頓してみよう。
ネイティブによる【過去完了形】の使用例。
こうなれば、実際の使用例から感じるニュアンスを汲み取るしかなかろう。そこで例文集を探してみたところ、なるほどいっぱいヒットした。
- I had never seen such a beautiful sunset before I went to the island.
- We were not able to stay overnight at the hotel since we had not reserved a room in advance.
- She had never been to the symphony before last night.
- Marc knew Philadelphia so well because he had lived there for five years.
- He understood the math test because he had been tutored all week.
- I did not have any cash because I had lost my purse.
- I had been to Mexico once before.
- If I had seen him, I would have told him the news.
- Before he did his homework, he had stayed after school for help.
- She had lived in California before moving to Texas.
- The cat had chased the bird before it flew out of the yard.
- We had just called home when my mom texted us about returning the car.
- She had visited several doctors before she found out what the problem was with her hand.
- If we had called ahead, we would not have needed to wait so long for a table.
・・・これらの膨大な例文から感じることは何だろうか。まぁ、まずなんにせよ、「会話で使うもんじゃなさそうだ」という印象は覚える。
そういう主観的な要素をポイポイしていくと気づいたのだが、この過去完了形が含まれる分を読んでいると、時系列が非常にわかり易い。
つまり、「どんな出来事が先に起きたのか」とか、「何があったからこそ、その結論になったのか」が、単に過去の出来事を並べられるより理解しやすいのだ。
―少し抽象的なことを言うが、例えば中2で習う【when】が表すことができるのは、実は【同時性】のみである。
When I came home, my brother was sleeping.
(家に帰ったとき、(それと同日同時刻の時点で、)兄は寝ていた)
When you come here, please call me.
(あなたがここに来たら、(それと同時に)電話してくださいね)
という風に。ただし、同時性ばかりでは表現し辛いこともあるのもまた事実。Thenを使えば何とかなる場面もあるが、「それで」を連発するとなんか幼稚。
ここまで考えると少し見えてきた。
「幼稚っぽい印象を与えず、過去に起きた出来事の時系列を示す表現」が過去完了形っぽい。
ただ幼稚っぽくないってことは、どうしても固い表現になりがちという話なので、例文もなんかこう、かたっ苦しいし、日常的かと言われれば微妙である。
例えば駅に着いた時点で列車が出ていたり、到着したらパーティが始まっていたり、「こんなキレイな景色、初めて!」と言ったり。なるほど、わからん。
そもそも時系列に意識を向けられる時点で、言葉を扱う能力が高めということでもあるので、生徒によって難儀する・しないの差が激しめなのも納得である。
「時制のズレ」「出来事の因果関係の説明」という教科書・参考書の説明の厨二感も相まって、取っつきにくいのがその実なのかも。まぁ、ドンマイである。
まとめ。
僕なりに感じる意識は以下の通り。
①現在完了形→「現時点では」という前提や、「だから今は」という暗示
②未来完了形→未来の時点で完了していたり経験していたりっていう予測
③過去完了形→幼稚っぽい印象を与えず、過去に起きた出来事の時系列を示す表現
わかるような、わからないようなという印象だけど、これ以上突き詰めれば講師の守備範囲を逸脱するだろう。だから止めておこう。
何かしらのヒントになっていれば嬉しい。では今日はこの辺で。