精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

『結局伸びると信じるしかない』

ローファットは強い空腹感が大敵という話を聞いていましたが、今のところそんなにお腹が空かない中元です。向いてる?

 

さて。ぶっちゃけ途中で飽きてしまったのだが、この本の2周目を終えた。

 

真新しい発見はそんなになかったが、不思議と、あるフレーズがずっと頭にこびりついている。

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それは『結局伸びると信じるしかない』という、とある教師のセリフだ。つまり、生徒に対しては、期待する以外の選択肢はないという覚悟というか悟りというか、だ。

 

これは真理だと思うのだが、だが果たして、これを心から信じることは口で言うほど簡単なのだろうか

 

どんなにひどい点を取っても、どんなに授業態度が悪くても、果たして心の底から「伸びる」と信じることは可能なのだろうか。

 

今日はこれをテーマに、思うことをつらつらと書いてみたいと思う。

 

 

ネガティブなメッセージは伝播する。

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ところで、なぜ心の底から「伸びる」と信じるしかないのだろうか。そんなもん考えるまでもなく当然だと思われるだろうが、一応理屈を書いておこう。

 

実は、心の底に秘めているメタは、よくも悪くも言葉の節々に出るのか、聴衆に結構な割合で伝わってしまうらしいのだ。

 

例えば「老人は記憶力が落ちる傾向がある」と説明されてからテストを受けた年配の方は、実際にテストの点が下がったという調査が先の本に紹介されていた。

 

これは対照実験として、そういうメッセージを言われていない(あるいは、関係ないと言われた)グループもあったのだが、そちらの方が成績は良かったようだ。

 

―ただし、こういう風に堂々と表明しなくても、そのネガティブなメッセージは伝わってしまうかもしれないという話は、割といくつもある

 

どこまで本当かはわからないが、「女に数学や理科はできない」と考える教師に数学を習った女学生は、実際に成績が下がったという気味の悪い話もあるそうだ。

 

こういう風に、「どうせムリ」が行きつくところまで行きつくと、アドラー心理学でいう最も重い症状【無能の証明】にまで突っ込むことは、ある意味自明である。

 

だからこそ、先のセリフに繋がるのだ。

 

『結局伸びると信じるしかない』

 

含蓄はあるのだが、そのためには何が必要なのか。もう少し話を深めて考えてみよう。

 

心の底から信じるためには、根拠を用意しよう。

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白状すれば、僕は完全に「そう思ったらそう」の境地、いわば息をするように、どんな劣等生も成績がよくなると無条件に信じることは、きっと無理なタイプである。

 

しかし、単に天賦の才能が無いというだけなので、補完できる考え方なりなんなりがあれば、きっと近いところにたどり着けるとも考えている。

 

僕の場合、それは【根拠】の用意である。生徒が伸びると信じるために、その【根拠】を事前にいくつもこさえておくのだ。

 

例えば、問題演習を大量にやらせたとか、正答率が伸びていることを確認したとか、毎日自習に来るのを見たとか、そういう【根拠】があれば、強い。

 

意図的に対策授業を推したり、自習に来るよう促したり。『伸びると信じる』ためには僕の場合、結構ウェットなテヅルモヅルが必要なのだ。

 

もちろんいずれは無条件で心の底から思えるに越したことは無いだろうが、ぶっちゃけ無条件に信じるとは、裏を返せばこの上ない無責任である。

 

僕は性格上、「よくわからんけど大丈夫だよ!」なんて言いたくもないし、言われたくもないのだ。だからある意味、僕は【根拠】があった方が有難い。

 

―一応念押ししておくが、僕は努力の仕方と量さえ間違えていなければ、当事者比で成長することは十分可能だと強く考えている。

 

誰でも東大に行けるなんてのんきなことはさすがに言えないが、一切の成長を見込めない人間がいるとも考えていない。そんな救いがない現実とか、信じたくもない。

 

人事を尽くして天命を待つ。僕の場合、この言葉が一番、『結局伸びると信じるしかない』の意味するところと近いのかなと、独り言ちている。

 

終わりに。

 

成長マインドセットについては、自己啓発の類に聞こえるが、子供の健全な心身発達のため、もはや保護者・教育者必修のものとなりつつある。

www.ted.com

 

無責任な放任も違うし、徹底した管理も少し違う。皮肉屋とか最悪だ。その間のデリケートなところに、落としどころがあるような印象である。

 

『結局伸びると信じるしかない』

 

これはまさにその通りなのだが、自分がそう思えるために何ができるだろうか?というところまで考えたことが無いのであれば、一度自問してみてはどうだろうか。

 

では今日はこの辺で。

 

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