精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

講師の寿命は何歳までなのか、最近ずっと考えてます。 ―それに伴う施策も添えて。

最近、またしても朝に過眠しちゃうモードに入りました。これが直るまでは結構掛かるんだよな・・・中元です。

 

はい。今日のテーマだが、【講師の寿命】について考えたいと思う。これがここ最近、僕がメインで考えていることでもあるからだ。

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僕は、自分が授業をするだけで飯が食えるほどカリスマ性があるとは考えておらず、その仕事の仕方には、必ず期限があると捉えている。

 

それがいつまでなのかはわからないのだが、恐らく想定よりは短いんじゃないだろうかという実感がある。少なくとも、個別授業を受け持つ寿命はそうだと思う。

 

ってことでこっからは、そう思うようになったきっかけと、それを見据えて取り組んでいることについて、記事を書いてみようと思う。

 

 

実際、もう女子にはウケなくなってきてます。

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僕は今年30歳なのだが、もうすでに、女子高生・女子中学生からのウケが少しずつ悪くなっている実感がある。集団はさておき、個別授業なら猶更だ。

 

かなしいかな、オジサンに片足を突っ込みつつあるという感じだ。もちろん教育界に携わるメインの年齢を考えたらまだ若手なのだが、20代半ばほどのそれは、もう無い。

 

その代わり、例えば保護者と話をする機会などにおいては、年齢を重ねてからの方がより対等に話せているというか、こちらが変に委縮する場面は大幅に減っている

 

やはり、講師業は【人気商売】だ。そしてその人気とは、"若さ"に根差すところが、思った以上に大きいらしい。

 

誇張でもなんでもなく、ホステスやホストに、性質だけならよぉく似ている。いつまでも人気が取れていた頃を前提に考えることは、衰退待ったなしである。

 

やはり僕の寿命は、そこまで長くないとみて差し支えないだろう。だからこそ、今年度の目標は、会社に名言こそしていないのだが教える側からのフェードアウトである。

 

その代わり、裏方に回り、システムなどを整えることに注力する。もちろん専念できるような贅沢な環境ではないが、近い立ち位置にもっていくのは頑張るつもりである。

 

ってことで、年齢を重ねると、やはり現実は厳しくなっていくものだというのは、念押ししておこうと思う。

 

例外はあるが、それはやはり、典型例の外にあるもの。つまり一般ではないのだ。この事実はしっかりと胸に刻んでおこうと思う。

 

人気商売に交代は付き物。人気者を育てる必要性はかなり高い。

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ところで、やはり思うのだが、人気と統制を同時に達成することは、やはり極めて難しい。両立できていそうな人もいるが、基本その人からは、抜ける人も多いのだ。

 

また、そこには圧倒的な【個】の存在と、実績が求められる。今の世の中でオンラインサロンを運営し、大成功している人たちを浮かべたら、見えてこないだろうか。

 

この辺りを考えもなく、短絡的に真似をすると、大火傷する。ここについては、僕程度の器だと、無難に分担する役割を考えた方が良いと思う。

 

生徒から人気があることとは、その実、あまり口喧しく規則などを言わないという甘さが含まれていることが多い。

 

あるいは、厳しい講師のガス抜きという側面もあると思う。必要悪とまでは言わないが、必要なゆとりだと僕は考えているわけで。

 

誰かがムチの役割を果たす限り、別の誰かがアメの役割を果たせる。統制と人気を分業する。僕が昇進して裁量を得られたら、作りたい関係性の一つである。

 

いつまでも前線で、自分がヨイショされる、憎まれない位置にいることは、やはり許されないということだろう。

 

積極的に蛇蝎の如く嫌われる必要ももちろんないのだが、一番人気は人に取らせるくらいが、やはりちょうどいいのではと思えてならない。

 

―ちなみに、こういう風に割り切ると、実は結構精神衛生上いい影響がある

 

「どうせ嫌われてる」という前提に立てるので、アンケートが辛口でも「想定通り」だし、ちょっとでもよければその時点で「めっけもん」なのだ。

 

他者評価が気になり過ぎて、心がへとへとになりがちな人は、いっそその舞台から降りてしまうのもまた一つの手じゃなかろうかと思う。

 

終わりに。

 

―まだ正式な辞令が出たわけじゃないのだが、次年度、いよいよ僕のポジションが上がることになりそうだ。つまり、僕の声が通りやすくなる。

 

逆に言えば、これはその分もっと多くの人のために働きなさいという意味だと思うので、舞い上がる気は全くないし、むしろ気は引き締まるばかりである。

 

引継ぎの時期は、間近に迫っている。その前に、リーダーシップについてまだまだ勉強を重ねたいし、今の課題を打破する手をいくつか用意しておきたい。

 

ただそういう不安も、結局は高揚感の方が勝っているため、心の中は良い感じにカオスである。

 

なぜ自分が立場を上げてもらえるのか。求められることはなんなのか。そこをはき違えず、頑張る所存である。担がれる神輿に僕はなりたい。

 

ってことで今日はこの辺で。

 

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