ワクチン一発目の影響で左肩が上手く機能しない中元です。いてぇ。
はい。今もまさに公立高校入試対策でてんやわんやなのだが、その中でも特に、毎年教えることに難儀する単元の1つが、【作文】である。
文を書くことは、気づけばできるようになっていたことでもあるし、元々好きだったものでもあるので、どうすれば書けるようになるか言語化が難しいためである。
また僕は、人生で推薦入試というものを選択肢に入れたことが一瞬もない悪い子なので、そういう経験が皆無だということも弱点であった。
―となれば、もう採るべき手段は一つだけ。ガッツリと真面目に、腰を据えて勉強をするしかない。ただし手探りなのは承知の上で、だ。
そしてこないだ推薦図書のくだりで記事にもしたが、この勉強はかなりリターンの大きい時間になったと認識している。
ってことで、この記事では、作文の書き方を真面目に勉強するメリットを中心に、ザクっと書いておこうと思う。
苦手な人が作文を書けるようにするアプローチは、得意な人のそれの真逆である。
作文が得意な人は、自分で言うのもなんだが、200字程度であれば、書きながら考えてもある程度形が整ったものができてしまう。
ところが、これはあくまで得意な人だからこそできることなので、これをうっかりそのまま真似してしまうと、かなりの確率で爆死する。
例えば冒頭で書いたことと全然関係ない結論を引っ張ってきたり、具体例が全く求められたテーマに沿っていなかったり、そういう内容面でのミスが増えるということだ。
では、それを防ぐ【書き方】とはなんなのか?
どの本を見ても大体同じことが書いてあるのだが、つまり【あらかじめ何を書くか決めてから書き出す】というものだ。
メインを決めて、サブトピックを箇条書きし、整える。論文だと途中で資料を探すのだが、作文だと思い出を漁るという風に変わるだけで、基本はやはり同じである。
実は、書くのはその後の作業であり、こういった構成を考える段階とは完全に独立させて完了させるのがコツというか、超基本ということなのだ。
ってことで、ここ最近の授業で、生徒にやり方を紹介して書かせてみた。20人弱に指導し、計40本程度を添削したところ・・。
思いっきり内容がズレる生徒は見事にゼロとなった。もちろんケアレスミス等まではゼロにならないが、それでも十分すぎる進歩である。
考えることと、書くことを同時に行わせない。これだけでもメリットはでかいが、実はそれだけに留まらないのである。
自分の技能もヴァリクソに向上するのでオススメ。
実際僕もそれを知ってから、このブログの書き方を少し変えている。
まずはタイトルから考えて、次にサブトピックを何にするか決める。その後、それぞれの項目を、清書として書くようにしたのだ。
すると、書く時間はやや短くなり、一方文字数が自然と増えることになった。つまり、効率的に書けるようになったというわけだ。
手前味噌で恐縮だが、むしろ得意な人こそ、このやり方を使うことで、さらに思った通りに文章が書ける確率が上がるとみていい。
他にも、文と文の関係がよりはっきりと理解できたり、段落同士の関係がナチュラルに意識できたりと、言葉にし辛い違いはちょこちょこと感じている。
つまり総合的に国語の力が高まっているということなので、生徒のためと同時に、自分のためでもあるというわけ。
幸せになる人間の数が単純に倍になる。素敵すぎる自己投資ではなかろうか。
終わりに。
ってことでこの記事も、トータル25分くらいで書いている。さして推敲はしていないので色々と甘いけれど、やはりだいぶ速くなったと思う。
これが可能になった契機は、やはり振り返っても、がっつりと作文や論文の書き方をきちんと勉強したからだと個人的には考えている。
「書く機会ねーし」って人も、本当にそうかともう一度考えると、ダウトなのではないだろうか。書くとは意外と日常的な話なのである。(【話す】のともスキルは似てるし)
尚、がっつり勉強したと書いたが、実はその期間も平均学習時間は15~20分だ。本を読んで、その内容を使いながらブログを書いただけである。
そういう程度なので、軽い気持ちでぜひどうぞ。では今日はこの辺で。