精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

【講師のネタ帳】「競争」のあほくささを伝えたくて、生徒にした話を書いときます。

【御岳百草丸】という胃腸薬を飲んだところ、びっくりするほどカリカリした気分が雲散霧消していきました。超穏やかな中元です。

 

はい。実は明日、授業発表を控えている。別に日頃の授業をそのまま運んでもいいのだが、情けないそれはできないので、色々と時間を見繕っては案を練っているところだ。

 

その発表の場では、授業冒頭で「深イイ話」をしなければならないのだが、ぶっちゃけ一番呻吟しているのはそこだ。どんな話をしたものか。

 

とはいえ、完全なる新作を創る余力はもう残っていないので、昔生徒に話したヤツの中で、反応が良かったものをベースに考えることに決めた

 

それがタイトル通りの、「競争のあほくささ」である。以下、ただのチラ裏だが、書き殴っておく。(実際は当然口語だが、今回は書き言葉に直しておく)

 

 

1位にこだわれば、自分を見失うだけ。

 

模試成績から部活動の大会まで、僕らは日頃、あらゆる競争に晒されている。そしてそこに参加すれば、嫌でも頂点を目指さねばならない気がしてくるものだ。

 

もちろんこれによって、自分の成長をはじめとする恩恵は多々得られるが、実はここには、一歩間違えると精神が奈落の底に叩き落される罠が潜んでいる

 

例えば、君の学校で1位の成績を出しても、さらに上のレベルの学校から見れば、残念ながら大したことないと思われるだろう。

 

仮にそこに勝てても、日本全体で見れば話は変わる。世界全体で見ても変わる。そもそも、過去や未来という時間軸を考えれば、1位など不可能に思えてくる。

 

さらに言えば、模試成績で1位のヤツと、学校で1番イケメンなヤツはどっちがすごいのかと言われれば、もはや考えるだけ不毛な論争になって嫌になる

 

競争の中で誰かと比較し、上に行くことばかりを追い求めると、最終的には絶対に1位になれない自分を責めたり、卑下したりというマインドが整うこともある。

 

これこそ僕が10年以上苦しんだ考え方であり、だからこそ競争と他者比較にのめり込むことは、今の時点から警鐘を鳴らしたいと強く考えているのである。

 

唯一の存在に近づく、死ぬほどシンプルな考え方。

 

ところで、なぜ競争や他者比較を、人は繰り返すのだろうか。思うに、誰かと戦って勝つことで、自分に価値を見出すためじゃなかろうか。少なくとも僕はそうだった。

 

しかし、自分に価値を付ける方法として、何か一つのジャンルで突き抜けることは、最も難易度が高く、基本叶わぬ夢となると言わざるを得ない。

 

理由はさっきも言った通り、競争のステージは、無限に上のレベルへ続いていくものだからである。どっかで勝てても、別のところで負けるのだ。

 

それよりも健全なのは、自分に唯一無二の価値を付けるよう努力することだと思う。そしてそっちの方が、実は簡単というか、誰にでも取り組むことができるのだ。

 

そのヒントは、数学で言う「ベン図」にある。あれの「AかつB」を自分にどんどんと加えていくこと。そうすることで、他の誰にも替えが効かない存在へ近づいていく。

 

例えば、僕は英検1級を持っている。しかしその数は、毎年2000人以上ずつ増えているし、年齢や能力で僕より秀でている存在はごろごろしている状態だ。

 

ところで、僕は英検準1級も持っている。だが、英検2級は持ってない。そして高2のとき、初級システムアドミニストレータという謎の国家資格試験に受かっている。

 

ちなみに出身高校は公立普通科の文系である。留学経験はない。というか小学校も中学校も、普通の公立校である。

 

―と言うあたりで気づいただろうか?おそらくこの全てを満たす人間は、日本で僕だけと言っても過言では無いほど少ないだろう。

 

そのものに価値があるかどうかはさておき、ここまで「AかつBかつCかつ・・・・」を重ねれば、勝手に特別なオンリーワンになれちゃうのだ。

 

ひとつひとつの集団に合致する人間は、ものすごく多い。だが、同時に満たす存在に限定していけば、驚くほど少ない数に減っていく。どうせ競争するなら、その中が良い。

 

もちろん、よりレベルの高い存在がゴロゴロといる、さらに広い世界を見ることそのものを否定しない。少年野球チームの選手がプロを夢見るのと同じだ。

 

だが、結果それで自分を苦しめるのなら、いっそ競争のステージから降りればいい。そして、好きなこと、ハマれることに夢中になればいい

 

そうやって色んな経験値を自分に蓄積し続ければ、勝手に代替不可能な存在になってるし、狭い集団の中の方が、まだ競争に勝ちやすいのだ。

 

これから成長し、結果自分の世界が広くなれば、いずれ必ず壁にぶつかる。そうなったときに支えになればいいなということで、今のうちにこの話を伝えておく。

 

終わりに。

 

ちなみに、もっとフランクな言い方で喋れば、大体所要時間は5分である。書き言葉にするとかたっ苦しいのだが、主張そのものは僕がずっと言い続けたことと同じだ。

 

時間は掛かったが、競争から足を洗うと、人生が軽やかに感じられて、楽しいことや面白いことに対する感性が戻ったように感じている。本来はそうなのだろう。

 

必要と思ったらそのときだけ競争に身を投じ、それが終わったら、平和なところで心身を休めて遊ぶ。1年中プロ野球ペナントレースが無いのを考えてもわかる。

 

本当にこの考え方、多感な10代後半の頃に知りたかった。しかし時計の針は絶対に戻らないので、今の世代に伝えることで成仏させたいと思う。

 

ってことで今日はこの辺で。

 

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