精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

【同業者向け】あらゆることに【ネタ】を仕込めば、1000円で”ストーリー”が買える。

こないだ計算したら、1日でタンパク質を140gくらい摂ってました。イエスマッチョ、中元です。

 

今日は久しぶりに、運転中にレコーダーに吹き込む形式でしゃべりたいと思います。ぶっちゃけ序盤は意味不明な話ですんで、軽く流してください。

 

さて。最近ちょっと考えていることとして、そんなに生活に苦しむほどお金がないわけじゃないんですけど、その費用対効果について、すごく気を張るようにしています

 

ただお金を闇雲に使うのではなく、色んな価値を持たせて自分に帰ってくるようにできるかと言う、リターンの方に意識を向けるっていうのを心がけてます。

 

要するに、一体どんなお金の使い方をすれば、自分が得をするだけじゃなく、ネタを多くの人に提供できるかなっていうのを考えているって具合ですね。

 

そういった考え方を訓練しておくことは、きっとこれから独立した際に活きてくると思うので、このことをテーマにして、今日は喋ろうかなーと思います。

 

 

【ネタ】で導線を引く。

 

基本的に、ネタのない校舎って、僕はくそつまんねーと思ってまして

 

ここでいうネタとは何かというのを定義するのが、まずそもそも難しいんですけど・・・。頑張って言葉にしてみます。

 

要するに、生徒やご家庭とのコミュニケーションが自然と発生する何か、のことですね。意味不明なので、具体例を基に説明します。

 

例えば極端な例ですけど、掃除用品とか洗剤一つとっても、その辺の薬局で買わず、わざわざ東急ハンズとかで見慣れないものを選んで買ってくるとか。

 

微差が過ぎる話ですが、こういう行動って、結構大事だと思うんですよ。なぜかというと、そうするとそこに、コミュニケーションが生まれる余白ができるからです。

 

例えば、「こんな掃除道具見たことある?」とか、「見たことない洗剤でしょ」って生徒に振ることで、色んな話ができそうじゃないですか。

 

こうなれば、ただ道具とか洗剤を買ったのではなく、生徒と話をするきっかけとなる装置を買ったという見方もできますよね?

 

そしてそういったものって、基本プライスレス。だからこそ、お金の使い方としてはかなり割のいい交換が成立しているのでは、と僕は思うんですよね。

 

他にも例を挙げると、お土産を買う際に、僕は絶対定番の物を買わないんですよ。予想通りのお土産は、つまらないと思っちゃう性分なので。

 

僕は広島出身なんですけど、もみじ饅頭とかカープの何かって風に出身地から想像がつくものは、絶対買いません

 

それ以外の見慣れない土産物を買ってきて、それをダシに生徒と会話をする。そうすれば、単なる土産じゃなくて、おいしいネタとして機能するわけです。

 

こんな風に、最近は何を買うにしても、それが生徒と会話をするきっかけになるか、つまりネタになるかってところを、すごく意識するようになりましたね。

 

やっぱ使えるお金には限界があるので、使った金額がそのまま死に金になっておらず、ちゃんと投資になっているかっていうのは、無頓着だと怖すぎます

 

そして何より、人との繋がりを築く”ネタ”を、意識して生む力があるということは、今の世の中で絶対必要な力ではないかなと考えています。

 

理由は、これこそがストーリーの始まりではないかと思うからです。今はモノ消費からヒト消費を超えて、物語消費になりつつあるとさえ言われています。

 

その端緒は未だに未知の世界にあるのですが、ここにヒントがあるような気が、ずっとしています。まだまだ言語化しきれないので、もっと勉強していきます。

 

【ネタ】はタイミングでも作れます。

 

序盤はお金の話から始めましたが、それが絡まなくても、僕はネタやストーリーについて、かなり敏感に考えるようになっています。

 

例えばこないだ、ある検定の合格発表があったんですけど、受かった人に合格の報告をいつするかっていうのも、結構意識して考えてますね。

 

仮に親御さんが忙しい時間帯にわざわざ電話をかけて「おめでとうございます!」って言っちゃうと、「邪魔!」というネガティブな感情を引き起こすことにもなります。

 

そうなればせっかくの、めでたい【ネタ】の感動が激減することになります。だからこそ、事前に多忙な時間が分かっている場合は、絶対に避けます。

 

実際、合格発表のページをスクショして、それと一緒に「おめでとうございます🎊」と LINEを送った結果、大変喜ばれたこともあります。

 

どうやって伝えるか?些細かもしれませんが、この辺もかなり気を配っていますね。

 

中には必ず巧遅拙速、素早く行動しなきゃ絶対ダメ、熟慮とか論外といった価値観の人もいますけど・・。僕は、そういう人ほど今後淘汰されていくと思ってます。

 

羽生善治氏が著書「大局観」で書いていた言葉が、現時点での僕の座右の銘です。まぁ、少し長いのですが、雰囲気はこんな感じです。

 

「ただの一手に見えても、水面下には膨大な思考が隠れている。それを立体的にして厚みを増すことが理想である」

 

ーというこの考え方が、すげー好きなんですよ。ただ速い”だけ”の人は、悲しいかな、大抵はそこに中身が伴っていないってふうに、僕は強く感じています。

 

もちろん全部に頭を使わなくてもいいんですけど、使うべきところは間違えず、それに対しては試行錯誤を重ねて、鍛えの入った一手ができるようにしたいですね。

 

余談ですが、僕自身、昔からそういうのって、得意というか好きなんですよ。固く言えば、何につけても意外性を生むことが、ずっと好きです。

 

例えばプレゼントを選ぶときとかも、優先順位のトップはいつでも、「ありがとう!」と言われることじゃなく、「なにこれ?」と言わせることです。

 

そういったスキルは、物心ついたときから重ねてきた習慣でもあるので、それはちょっとラッキーだったなと思ってます。

 

まぁ、これ以上は話が反れるので、この辺で切りたいと思います。

 

皆さんも、ただ生徒にお土産を配るだけになっていないか、ネタに乏しい環境になっちゃってないか、ちょっと見直してみてはどうでしょうか?

 

では、今日はこの辺で。

 

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