精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

苦手な科目・弱点の単元が克服できない?おそらく、"あれ不足"が最たる原因でっせ。 ―それに付随するビジネスチャンスも添えて

季節の変わり目になると、急に狙った時間に起きることが困難になります。誰かこの現象の名前を教えてください。中元です。

 

はい。少し恥ずかしいが、最近理科の勉強をしていて、なかなか克服できない単元がチラホラある。それは、光の性質と天体だ。

 

復習したらそのときはかろうじて問題を解けるのだが、数日空いてしまうと、もう解けなくなる。それを繰り返している状態で、なかなかにもどかしい。

 

いわゆる「苦手な科目」、「弱点の単元」が克服できずにじれったいモードである。多くの生徒が、勉強ツマンネーと強く感じ始めるのもこの頃だろう。

 

だがふと手を止めて冷静に考えてみると、最近勉強したメソドスとテクネーの話もあってか、「いや、今のやり方考えたら、当たり前じゃん」という仮説が出てきている。

 

そしてそこに、ある種のブルーオーシャンも潜んでいやしないかと、期待する気持ちもあるわけで。

 

今日はそんなお話を、なるべく例え話を用いて、書いてみようと思う。

 

 

苦手な科目が苦手なままな理由は、単に"あれ不足"説。

 

少し復習になるのだが、知識には二種類あると言われる。情報として頭に入れればそれでいいメソドスと、練習・経験が必須なテクネーというものだ。

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すごく乱暴に言えば、いわゆる二次方程式の解の公式を知っているだけの状態はメソドスであり、それを用いて問題を解いていく内に身に付くのが、テクネーだと言える。

 

さて。これを考えると、苦手な科目が苦手なままの理由が浮き彫りになってくる。それは、単なる練習不足だ。

 

学習しなければならない科目・単元の難度に対して、経験・反復が圧倒的に不足している。そりゃあ、克服もクソもないよねと、そういう単純な話なのである。

 

―こういわれれば至極当たり前なことに思えるのだが、だからと言って練習量を増やす生徒を、僕はあまり知らない。

 

基本、理解が不十分だと言って、メソドスばかり詰め込む子がほっとんどである。参考書を血眼になって読み返し、一生懸命ノートにまとめ直す、とか。

 

もちろんこの時間も大事と言えば大事なのだが、効果はある程度で頭打ちになるだろうし、苦手克服の特効薬だとも、僕は思わない。

 

このことは、スポーツなり楽器の演奏なりを例にとると腹落ちしやすい。どういうことか、僕は格闘技も好きなので、それをベースに詳述する。

 

苦手な単元の性質は、格闘技で言うところの大技に近いと考えている。例えば、踵落しとか、上段回し蹴りとか、胴回し回転蹴りとか。

 

こういったアレコレは、1日で習得できるわけがない。だからその技そのものの練習も必要だし、求められる身体能力に近づくための基礎鍛錬も必須となる。

 

そして習得に必要な努力量も、それに比例して増えてくる。シンプルに、「できる!」ようになるまでのプロセスが、長いのだ。

 

各単元の構成も、僕はこれに似ていると思う。シンプルな知識、簡単な計算、知っておくべきルールといったメソドスを詰め込むことからスタート

 

そして最終的には、それらを使いこなして問題を解いていくというテクネーに昇華させていくその果てにこそ、習得があるのだ。

 

―勉強は基本的に脳内で完結させるやり取りだし、学校は習得を待たずとっとと先に行くという特性もあって、この盲点に気付く人が少数派なのかな、と思う。

 

しかし、思うに原因はそれだけじゃない生徒の怠慢に全ての責任を被せるのは酷だ。そう思う事情もまた、はっきりと存在する。

 

そしてその事情にこそ、僕はある種のブルーオーシャンを感じている。続いてはいよいよ、その話に触れていこう。

 

練習法は意外と体系化されていない!!



理科の苦手単元を克服したくて、自分が詰んだと感じた問題を、僕は色んな参考書・問題集から探そうとした。

 

しかしその結果気付いたのは、類似の問題が全然存在しないことであり、練習を積みたくてもそうできないという結構辛い現実だった。

 

将棋で言う詰め将棋のような状態でまとめられた教材は、意外とどこも作っていないようだ。基礎基本ばかり並んでいるか、別の傾向の難問が数問あるか、である。

 

つまり、難問に対する練習法は意外と体系化されていないし、これからも一定のところからは、そうならないのではと考えている。

 

逆に言えば、そういった教材を試行錯誤しながら生み出すことができれば、それはその塾にとって非常に強みとなるオリジナル教材になり得るという期待もある。

 

例えば僕がずっと考えていることとして、詰め将棋と、図形の合同・相似の証明問題は、非常に相性が良いと思っている。

 

あと1つ条件を見つければ証明完了、2つ見つければ証明完了、完全にノーヒント・・という風に、ざっくり20問ずつまとまったプリント集、あったら僕は超嬉しく思う

 

こんな風に、自分が伝えたいこと、練習させたいことをダイレクトに叶える教材が無いのなら、ぶっちゃけ自分で作っちゃうか、依頼して作ってもらうか、しかないのだ。

 

この辺りはまだまだ僕も暗中模索の段階なので、これ以上言うことは無いんだけれども。またなんか閃いたら記事にします。

 

ーということで、学習する側としては何の答えにもなっていないけど、今日はこの辺で。

 

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