精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

「頭でっかちw」とバカにできる人って、きっと悩みが少ないんだろうなとちょっと羨ましく思う。

天ぷらを少し多めに食べただけで、翌朝胸焼けが酷く吐いてしまった、もう終わりの中元です。

 

はい。飽きもせずこんなブログを毎日書いていることから察されるだろうが、僕は自問自答が好きだし、まずは考え事を先行させるタイプである。

 

すると周りの人から、やっぱりよく言われたものだ。

 

「頭でっかちだからなお前はw」という感じのマウント。確かに、自分のことを肯定できなかったころは、それを真に受けていた時期もあった。

 

そして行動が先行する人に憧れて、それが苦手な自分を卑下したこともある。今はもう、そんなアホなことは考えてないけれど。

 

むしろ今は、他人に「頭でっかちw」というマウントを取れる人を、別の意味で尊敬している。きっと悩みが少ないんだろうなと、それはそれで憧れている。

 

今日はその理由を基に、記事を書いてみまっしょい。

 

 

僕が勉強をする理由。

 

オードリーの若林氏が著書で書いていたことに、僕自身強く共感する。それは、「知ることは動揺を鎮める」というものだ。

 

僕が勉強をする理由は、不安を和らげるためだし、目の前の事象をもっと理解したいからだし、仕事であるならもっと効率的に行って利益を生みたいからである。

 

将棋で言うなら、まずはルールを覚えてから駒を動かしたいという感じだ。一方、「頭でっかちw」という人たちは、動かしながら考えるタイプだと言える。

 

もちろんそれもそれで一つの思考の型だし、僕自身、例えばカメラの機能など、動かしながら考えることもある。

 

何が言いたいかというと、そこに上下は存在しないのだから、マウントの根拠にならないのでは、ということだ。俺は動かしながら考えるからお前より上だ、とでも?

 

そして僕が本当に羨ましく思うのは、それでなんとかなると心の底から思っているからこそ、きっと悩みも少ないんだろうなという部分だ。

 

何かトラブルが起きても、とりあえず謝ればいい。プランBとCなんか要らない。行動・行動・行動。考える暇があったらさっさと足を使え!

 

・・・という風に、世の中をそんなにシンプルに見つめられたらどんなに良いか、たまに思う。だが悲しいかな、僕の場合、メタがそれを全力で妨げてくる

 

「もっといい方法ないの?」「類似のケースを調べたら?」「シミュレーションしたら?」「次善策をあと2つくらい作っときなよ」「本当に大丈夫ぅ?」

 

この声を聞くと、僕の心は揺れ始める。鎮めるためには知るしかない。だから勉強をする。そして手札を用意してから、行動を開始する。

 

結果、一歩目が遅くみられるため、バカにされがちというわけだ。繰り返すが、昔は気にしていたが、今は全然気にしていない。これが自分の型だと、納得している。

 

また将棋で例えるが、最後に王将を詰ませれば勝ちであり、それまでにどんな手を打ってきたか、考える時間をどれだけ設けたかは、ある意味二の次だ。

 

僕の場合は、序盤で時間を使い、ある程度仕込みをしておき、終盤で一気に寄せていく感じと言える。とりあえず打ちながら考えていくスタイルの、まさに対極だ。

 

やはり、頭を使うのが先か、行動するのが先か、その部分に優劣はない。さっさと動けるから俺は偉いと思う人は、足元をヒョイと掬われやすいリスクもあるわけで。

 

そんなわけで、今後もこのくらいのマウントは、徹底してへらへらしながらスルーしていく所存である。

 

僕だってサッサと行動するときはする。それを押し引き出来るようになったのは、最近だけど。

 

そんな僕だが、最近はもう、何でもまずは考えを深めてから行動するという段階は突破している。いわば、考えても無駄なことがわかり始めた、というのに近い。

 

例えばこないだ、ソロキャンプをした際、コーヒーを淹れてみようと誓った。しかし、作り方だけでもいくつも存在し、グッズも多く、豆の種類もまた膨大という有様。

 

いくら調べても、謎が謎を生むような状態。こういうときは、思い切って踏ん切りをつけて、見切り発車でもいいから挑戦する。考えるだけアホくさいからだ。

 

この際心掛けていることはただ1つ。それは、失敗と解釈しないということだ。最初はただのお試しであり、それ以上でもそれ以外でもないのだから。

 

試行錯誤の段階でイチイチ失敗だ、成功だとジャッジするのは、みみっちく聞こえる。そんなことを考えると行動する気が萎えるので、そこは意識して頭から消す。

 

自分の中に原体験や知恵、経験がある事柄には頭を使うが、完全に何も取っ掛かりが無い場合は、思索もそこそこ、行動に移して経験値を得てしまう。

 

矛盾しているようだが、今のところ僕はこのくらいの考え方で、ちょうどいいと感じている。

 

終わりに:行動だけできる人も、頭ばかり使う人も二流。

 

行動する人が成功するのか、頭を使う人が成功するのか。この答えは意外と簡単で、両方できる人が成功する。それだけだ。

 

もっと言えば、状況に応じて使える武器が多い人が強いという話だ。相手の強さや人数に応じて、格闘スタイルを切り返られるゲームの雰囲気に近い。

 

「ここは一旦策を練るべきところだな」「ここは、とにかくやってみた方が早いな」という判断の速度と精度を上げていくこと。これが大事なのではと独り言ちている。

 

考えてばかりの人は、経験値が足りない。動いてばかりの人は、思慮が足りない。僕は僕が絶対的な正解だとは思わないが、僕と対極の人が無条件で正しいとも思わない。

 

「わかる」なんてのはその瞬間に手放すくらいがちょうどいい。そんなことも腑に落ちた一幕であった。

 

では今日はこの辺で。

 

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村