精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

【同業者向け】意思の力に頼れば頼るほど、ヒューマンエラーが続発するだけ。

目が回るほどの忙しさを駆け抜けた結果、本当に目が回っている中元です。

 

今日はタフだった・・。まぁ、自分が蒔いた種、身から出た錆なのだが、ボヤ騒ぎがちらほらあり、その鎮火に奔走するという具合だったのだ。

 

今は何とかそれを捌き切り、人がいなくなった校舎でこうして反省を始めようという段階である。いやはや。

 

ところで皆様も、何か問題点があった際、反省と検証をしたことがあると思うのだが、結局「気を付けよう」という決意に着地したことは、何度あるだろうか

 

僕も反省と検証とは、つまり自責のことだと勘違いしていた頃は、自分に呪いをかけることがそうだと解釈し、一所懸命それに励んだものだ。愚かである。

 

しかし今はもう、結局意思の力に頼ることに決めた反省と検証は、ただの失敗だと考えるようにしている。今日はそんなお話を書いておく。

 

 

忘れるのが人間。どうでもよくなるのが性(さが)。

 

まずそもそも、僕自身、自分の意思の力を1mmも信頼していない工夫が無ければダイエットもすぐ投げるし、仕事もさっさと怠惰な道を歩むと確信している

 

そこで僕が決めていることは、感情を排したルールを自分に設定することと、自然とそれを守るような環境を創ることに全力を尽くすというものである。

 

例えば今回の件も、何があったかというと、生徒から予定表を回収することを完全に忘れており、あわや個別授業が組み切れないというところまで行ったのだ。

 

日程が少しでも早ければ、もう完全に詰むところであった。運が良かったから助かっただけで、普通の状態なら間違いなく炎上している案件だ。

 

―ならば、どうするか。「今度は忘れずに取り切ります」というのが正解だろうか。断言する。絶対やらない。同じミスをもっかいやる。それだけだ。

 

そこで先ほど、各高校の行事予定表をザッピングし、試験範囲が発表される日を予めリサーチの上、スマホのスケジュールにアラーム付きで打ち込んでおいた

 

僕が忘れても、スマホが忘れない。仮にスマホが壊れても、バックアップを取ってあるので、すぐに復活だ。

 

これは一例だが、僕は基本ミスしたことについては、何をすればそれを防げたのかという原因を、自分や他者のメンタルではなく、環境に探す

 

ある仕事をすっぽかしたのであれば、忘れた当人を責めるのではなく、確認が不足するようなシステムにしていたことに課題を探す感じだ。

 

また、どうにも校舎美化が進まない場合は、そもそも掃除グッズが足りないとか、要らぬものがそもそも多すぎるとか、そっちの可能性を勘繰ると、大体ビンゴとなる。

 

どんなことを誓おうと、人間は忘れる。重大な決意も、しばらくするのがどうでもよくなるのが人間の性(さが)だ。

 

それくらい諦めてみること、期待を止めてみることが、健全な環境づくりの一助になると僕は信じている。

 

システムに原因を探すコツとは?


まだまだ僕も仮説と検証を繰り返している段階だが、システムに問題があるとして、どうすればその原因を突き止められるかのカギは、問いかけにあると思う。

 

目の前で起きていることを、一体どう言い換えれば答えに近づくのか。手前味噌だが、僕なりのコツを紹介してみる。

 

僕がよく使う問いかけは、「いったい何がめんどくさいのか」と、「何を無くせばいいか」である。

 

例えば、「なぜ毎日黒板を拭けないのか」という疑問について、「何がめんどくさくて黒板を拭けないのか」という風に考える。

 

すると例えば、黒板消しクリーナーまでがちょっと遠いとか、水布巾で拭きとる手間がめんどくさいとか、そういうのが出てくると思う。

 

ならば、黒板消しクリーナーの位置を近付ければいいし、水布巾で拭かなくてもなんとかなる方法を探せばいい。それだけだ。

 

実際、黒板は、黒板消しで全体を消した後、マイクロファイバー的な柔らかい布で乾拭きした方が、個人的な感想だが圧倒的にきれいになる。しかもラクだ。

 

これもまた、「頑張ろう!」という意思ありきではたどり着けなかった工夫だと言える。

 

他にも、机の上に紙ごみや消しかすが少し散乱するような状況が続いた際も、「何を無くせばいいか」を考えた。

 

ただの皮肉だが、「掃除をしてもらおう」という期待を、僕は自分の中から無くした。この人たちはどうせ、掃除は出来ない。言ってもやらないし、継続しない。

 

徹底的に諦めてみた。すると、思考が変わる。「どうすれば自分が手間を掛けずに、そういったゴミを一掃できるだろうか」という風に

 

今は、ゴミ箱を1つと、机をサッサと掃除できる小さなほうきを買い足したところである。僕一人がやっても、1教室くらい、数分で作業は終わる。

 

ただ、心に少しフックを残したいので、わざと目に付くように、目前でその人が出したゴミを片づけている。結果、当人はさておき、全体的な意識は高まったように思う。

 

こうやって問いかけに工夫を入れれば、ある種ナナメ上からのヒントが得られやすくなる。天啓と呼ぶには大袈裟だが、閃きと呼ぶ分には良さそうなあれこれ。

 

皆様も、意思の力に頼らないシステム作りに、ぜひとも励んでみてほしい。

 

では今日はこの辺で。

 

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