精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

【同業者向け】物語の読解に強くなるには、プルチックの感情の輪を横に置いて、漫画を読めばいい?!

1000字くらい書いた記事をうっかり保存し忘れていて、色々絶望していた中元です。

 

はい。昨今、小中高ひっくるめて、国語力低下が嘆かれてやや久しい。

日本の高校生の読解力が4位から15位に急落。読解力の高い生徒の特長は? | 速読情報館


これについてコメントが求められる場面はちょこちょこあるが、僕はいつも、「10年前も言われていたことですから」という風に、努めて淡白に答えている

 

ただ、仕事柄、どうすれば物語文で点が取れるか、説明文を読解できるかということは割といつも考えており、生徒を相手に試行錯誤を繰り返している段階ではある。

 

そして最近、また新しい仮説を閃いた。今はまだ個別授業を受け持っている生徒にだけ、それを行ったのみだが、手応え的には悪くないという感じである。

 

その仮説とは、「物語の読解に強くなるには、プルチックの感情の輪を横に置いて、漫画を読めばいいのでは」というものだ。

 

以下、理屈も添えて、簡単に紹介しよう。

 

 

物語文を”読解できる”とは、なにか?

プルチックの感情の輪 | こころのプラネット


つくづく思うのだが、物語文が"読解できる"とは何なのだろうか。これについては、まだまだ僕の中でも、かろうじて言語化できる程度の手応えしかない。

 

それは、感情を表す言葉と動作と描写がきちんと脳内で結びついており、かつそれを論理的に読み取ったり、記述したりすることができたりすることだと思っている。

 

例えば、眉間に皺が寄って、それと同時に「しゃくりあげる」という描写があれば、登場人物は”泣いている”ことがわかる

 

”泣く”とは、喜怒哀楽の感情のどれかが爆発した状態だ。では、どの感情が爆発した状態なのかを、そこまでの展開から読み取っていく。

 

そして、その読み取った情報を組み合わせて一つの説明を書き出す。これができれば、物語文は全く怖くないと思って差し支えない。

 

―では、さっき書いた、「感情を表す言葉と動作と描写がきちんと脳内で結びついている状態」は、一体どうやって作っていくのか。これが僕の中の大きな課題であった。

 

僕自身、「気付いたらできていた」という感じなので、無意識下のそれを意識下に持ってくることすら困難である。だから本当にあれこれと考えたものだ。

 

そんな折に出会ったのが、さっきもちらっと載せた「プルチックの感情の輪」である。”感情”をここまで明確に可視化した図を、他に知らない。

プルチックの感情の輪 | こころのプラネット

 

これを念頭に置けば、それだけで、感情を表現する言葉のネタを大量に得ることができる。(コピーして配ったらめちゃ喜ばれた)

 

なんならマジで、トイレに貼ってやろうかと思うほど、僕は有益な図だと考えている。そして、それに付随して用意したいのが、漫画という教材だ。

 

それはなぜなのか、これも適当に一例を紹介しつつ説明する。フリー画像ではあるが、イイ感じのコマを発見した。

さて。この登場人物の様子から、推察できる”感情”はなんだろうか。僕はシンプルに言えば、”悔しい”とか”怒り”、といったものだと捉えている。

では、その感情は、具体的に表情や動作のどこににじみ出ているだろうか

 

眉間に皺を寄せ、ハンカチを噛みしめて、涙を流し、青筋も立っている。そして表情を大きく書くことで、その辺りが際立っている印象だ。

 

―すると、これらを逆にしても成り立つことが、ここでわかる

 

登場人物が眉間に皺を寄せ、ハンカチを噛みしめて、涙を流し、青筋も立っているとき、その人は怒っているか悔しがっている、という風に。

 

感情さえ読み取れれば、後はもう少しだ。「~して、悔しがる気持ち」といった結びになるよう、整えるだけである。

 

・・・ここだけ切り取れば、プルチックの感情の輪は要らないような気がしてくるのだが、実はこれがパワーを発揮するのは、混合感情を理解するときである。

 

例えば、登場人物が深い絶望に沈んでいることは読み取れたものの、そこから気持ち、ひいてはそうなった理由を読み取ることが難しいとしよう。

 

感情の輪を見ると、「絶望」とは、「物思い」と「混乱」の混ざったもの、もっと言えば「悲しみ+怒り」という風に分解ができる

 

となれば、「悲しみを抱くエピソードはないか」「怒りに繋がるエピソードはないか」という風に問いが進む。すると大抵、見つかるはずだ。

 

基本的に物語文は、描写以外の部分、すなわち自分の感情が移入した状態で記述を書いたり選んだりすると、簡単に外れるようになっている。

 

そのためにはヒントを読み取る必要があるのだが、ヒントをヒントとして認識するためには、如何に感情を表す言葉と動作と描写のストックを増やすかが要となる。

 

実際、混合感情をきちんと要素別に分けることを提唱する方も多いので、ある種難関中学校とかを受けるなら、必須の観点とスキルと言えるのかもしれない。

 

もう少し自分の中で納得できるまで勉強したら、実際に発動したいと思う。てことでただの仮説記事、今日はこの辺で。

 

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