精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

「期待は不幸の始まり」

最近また節約生活を心掛けている、なんだかんだで頭を使うのが好きな中元です。

 

はい。今日は塾での仕事によって得られた知見とか、そういうのとは全然関係ない、ある意味完全なるコラムめいた話を書いてみる。

 

心がどうにも苦しいとか、悩みが尽きないとか、人に対してストレスを感じるとか、そういうネガティブなことを考えるにつけ、最近ふと思うことがある。

 

「一体全体、これらの根本原因はなんなんだってばよ?」というものだ。原因がわかれば対処できるのに、わからないからそうできない。

 

ジレンマだ。もどかしい。このこともまた、大きなストレスだ。―ずっと長いことそういう袋小路だったのだが、今年読んだ本をきっかけに、やっとある仮説ができた。

 

それこそがタイトルに書いたことである。期待するから、人は不幸になるのでは、というものだ。そして何なら、そうだと確信に至っている。

 

実は今年のGWに別ブログに書いた話でもあるのだが、そこから半年経って思うことも増えたので、今日は加筆版という具合でつらつらと書いてみる所存である。

 

 

期待なんてするから、イラつくのです。

 

結構暴論に聞こえるかもしれないが、自分や他者に何かしらのストレスを感じる際というのは、自分勝手な期待がそこに乗っていることが大半ではなかろうか。

 

例えばお年玉をたくさんあげると言われた後、ポチ袋を開けてみれば1,000円しか入ってなかったらかなりガッカリするのと、メカニズムは同じだ。

 

期待というのは、ある意味最良の結果である。その水準の物を出すには、猛烈な努力と、更には運も必要になってくることは間違いない。

 

ルーレットに対し、「なんで毎度狙った通りの目が出ないんだ!」と憤慨するアホは、まずいない。しかし現実世界において、似たようなことに不満を抱える人は多い

 

なぜあの人は自分の期待に応えてくれないのか。なぜ俺は自分が期待する水準までちやほやされないのか。こういう疑問を抱えるとき、人は不満や怒りを自然と覚える。

 

―だからこれを逆に考えれば、綺麗に反対の結果が演繹される。期待するのを止めれば、ストレスは減る、ということだ。

 

そしてはっきり言うと、少なくとも僕自身においては、これはその通りである。だから僕は、無責任な期待など、意識して差っ引いている。

 

あわよくば生徒が微妙な仕上がりでも良い点を取ってこないかなと自分が思いたくなったときは、即座に叩き切る。「まぁ、このままだと取れないよね」と。

 

そして、あわよくば商談がサクサクまとまらないかなと思いたくなったときも、即座に否定する。「まぁ、多分ちょっとは拗れるよね」と。

 

自分に期待しない。他者にも期待しない。夢は見ない。現実はいつだって辛口だ。不思議な話だが、文字にするとエラい冷徹に聞こえてしまうなぁ・・・。

 

しかし、だ。

 

これまでの人生を振り返っても、結果として期待しなかった場合の方が、最初に期待した通りの結果をもたらすことが多いように思う。

 

―どことなく禅問答チックな物言いだが、次はこのことを説明する形で、つらつらと書いてみようと思う。

 

現実は全て、起きてほしくない方向へ向かう。

 

僕が今年の春先くらいから胸にしっかと刻んだ言葉がある。それは、「現実は全て、起きてほしくない方向へ向かう」というものだ。

 

お金が貯まればいいなと思うだけでは貯まらないし、生徒が増えればいいなと思うだけでは絶対に増えやしない、という具合に。これは間違っていないと思う。

 

だから、思うだけではどんなことも叶わないという覚悟を決めた。理由は、他者の好意に期待した結果、見事に裏切られるという経験を積んだためなのだが。

 

―そうやって腹を決めると、思考が変わることを実感した。具体的には、「最悪の未来を避けるために、何から始めるか」という部分に意識が向くようになったのだ。

 

一例として、このまま定期テストに挑ませると、過去最低得点を取ってくる可能性が高いし、そうなれば今度こそ退塾になるだろう、というケースを考える。

 

さっきも書いたが、多分良い点を取ってくるという未来は、思うだけではやってこない。そんなのは短冊に書くべき話だ。

 

だから、行動が要る。では、何から始めるか。

 

まずはモチベーショントークを入れてみるか?勉強法のレクチャーをするか?単語・熟語といった伸びやすい部分を宿題にして、毎授業のテストを増やすか?等々。

 

起きてほしくない方向の逆へ進むように、できる限りの働きかけをする。そうやって手を打ちまくることで、結果として最初に期待した成果になる可能性が上がる、と

 

面白い話だと個人的には思うが、実際にはこういう現実的な目線を持っている人ほど、組織を大きくするし、大きなことを最終的には成し遂げる印象が強い。

 

夢はポジティブに描き、行動はネガティブに考える。そう唱える人もいる。そしてその言わんとするところは、今なら結構腹落ち感をもって呑み込める。

 

やはり思うだけでは、現実は絶対、起きてほしくない方向へ向かう。こうなればいいのに、という未来は、まずやってこないのだ。

 

この覚悟、結構オススメだ。皆様も一度、腹を括ってみてほしい。

 

この世は想念の世界ではなく、行動の世界。

最近、すごく評判の【微差力】という本を読みこんでいる。そこに書いてあるフレーズで身に染みて感じるのが、ざっくりこんな内容の文言だ。

 

「この世は想念の世界ではなく、行動の世界」

 

言うなれば、思うだけで願いが叶う世の中ではなく、思ったうえでそれを手に入れるために行動を起こして初めてそれに近付く、という話だ

 

流れ星にお願い事をするのも悪くないが、祈った後もそれを達成するための努力を継続すること、というところだろうか。

 

つくづく思う。期待とは思考停止ワードだ、と。期待した瞬間から、運任せ、人任せになり、どこか傲岸な雰囲気や思考が、そこから感じられてしまう。

 

思うなら、行動しろよ。そう自分に言い聞かせられるよう、これからも意識して期待は差っ引いていく所存である。

 

では今日はこの辺で。

 

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