精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

チーム作りはポケモンの育成にとてもよく似ている。そう考えると僕の愚かさがよくわかった。

昨日愚痴った記事で、後々考えると、我ながら上手いことを言ったなぁと思える例え話がある。

 

それは乱暴に言えば、「レベル80のポケモンを81にするのに必要な経験値で、レベル20のポケモンを23くらいにはできる気がする」という話だ。

 

僕が今良かれと思ってやっている滅私奉公は、いわば経験値の独り占めに過ぎず、チーム全体の成長を阻む邪魔そのものではないか。そんなことを悟りつつある。

 

あらゆる敵を倒すことで僕は経験値を得られる。だが僕の成長は確実に鈍化するばかりだし、レベルが100に到達すれば、それ以上上がることさえ無くなってしまう。

 

そういうポケモン的な目線で僕の校舎を眺めていると、僕が抱えているエラーがまた違った意味合いを持って立ち上ってきた。

 

今日はその気づきを急ぎ文字にまとめておく。

 

 

僕は切り札ポケモンとトレーナーを兼任している何かだ。

 

自分で言うのは恥ずかしいが、僕は今、切り札ポケモンとトレーナーを兼任しているようなものだと捉えている。

 

僕はワタルでありながらカイリューを兼任し、そしてダイゴであると同時にメタグロスであるようなものなのだ。(世代がバレバレだ)

 

なぜそう思うかというと、僕はチームに指示を出す立場でもあるが、同時に現場に立つこともしょっちゅうだからだ。僕自身、すごく腑に落ちている。

 

そういう目線で考えると、僕が僕をメインとして据えるのはさておきとして、僕ばかりがレベルを上げまくり、他の手持ちを育てないという状況の脆さが浮き彫りとなる。

 

初代ポケモンからそうだと思うのだが、時折立ちふさがるジムリーダーは、ある意味タイプ別に特化したラインナップで挑んでくる。

 

カスミは水、マチスは電気という具合であり、例えばその強敵にヒトカゲだけ、ゼニガメだけで挑むのは、愚かを通り越して滑稽だし憐れである。

 

1匹だけ強くすることにはそんなリスクもある。だからバランスよく、なるべくタイプを散らせて、理想的なチームを創っていく面白さがポケモンにはあるわけで。

 

―それを考えれば、僕に色々のしかかりっぱなしのチームには、とんでもない落とし穴が少なくとも2つあることがすぐ頭に浮かぶ。

 

まず1つは、僕が潰えれば、チームが崩壊するということだ。そりゃそうだろう。僕以外の手持ちが全く育っていないし、指示を出すヘッドもいなくなるわけだから。

 

もう1つは、上記の指摘とやや重複するが、僕以外のメンバーが育たなくなることに尽きる。理由は簡単で、経験値を僕が独占しているからだ。

 

最初に書いた話に通じてくるのだが、現実世界と同じで、レベルが上がれば上がるほど、次のレベルになるために必要な経験値はとてつもなく上昇していく

 

最初の方はそれこそ草むらのコラッタを数匹討伐すればよかったのに、最後の方は1匹で四天王を無双してやっと、というくらいになってしまう。

 

一方、序盤のポケモンは、一瞬四天王戦に顔を出させて、すぐ引っ込めて、切り札ポケモンでそれを倒しても、経験値を得られる。そしてそれだけですぐ成長していく

 

チーム全体として考えれば、切り札ポケモンばかり鍛えるより、伸びしろのあるそれを育てる方が、レベルも上がるし、能力値もどんどんと高まっていく

 

つまり、僕は今、僕が経験値を独占することで、チームとしての成長を鈍化させ、自分が倒れた後に組織も倒れるというリスクをどんどん膨らませている状況なのだ。

 

正直、大抵の仕事はハイドロポンプでゴローンを瞬殺するがごとく、僕がぱっぱと休日出勤でもして処理した方が、圧倒的に楽だ。

 

しかしそうしたところで、経験値のゲージは1ドット分増えるか増えないか、だ。この仕事を他の講師に振れば、それでレベルが上がるかもしれないのに。

 

アホというかバカみたいな思考法だが、一度現状を似た別のモノに置き換えてみることで、良かれと思っていたことの罠がよく見えてしまった。

 

僕が理想とするチームを構築するための阻害要因が僕という存在だなんて、本当に悲しい話ではないか。だが、現状はそうなのだ。

 

自分が独占している経験値を、もっと分け与えて、チーム全体のレベルを上げていく。そのために、僕はもっとトレーナーとしての仕事に注力しようと、改めて誓った。

 

では今日はこの辺で。

 

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