今日は2024年後半に改めて誓いたいことを、退路を断つべく記事にするというそんな話を書く。まぁ、何度目だよと、薄っぺらい決意だなと、そう思うかもしれないが。
9月になると、受験のことに目が向きがちだが、まずは何より2学期の中間テストが見えてくる。それはつまり、そこに照準を合わせて、広報が響きやすいということだ。
特に中3の募集がほぼ終わり切った今、中学1・2年生を如何に手広く囲い込めるかが、管理職としての僕が乗り出すべき勝負となる。
と同時に、実力テストを通じてご家庭とパイプを引き直し、いかに早いタイミングで小学6年生の引き上げを決定するか。その重要さも、頭では分かっている。
だが僕に足りないのは、もっと熱い部分というか、気合や根性論のところに他ならない。しかし僕は難儀なことに、言葉による納得が伴わないと、それが食傷気味となる。
言語化して初めて、自分の中の熱さを認めてあげられる。迷いなく漕ぎ出せる。そんなことを実感している。そんな言い訳から始まる記事、以下本題である。
身を退く覚悟。というか自覚。
先に並べた勝負どころを、奇を衒わず、基本に忠実に対応できれば、目標とする人数に自然に到達できるはずだという自信はある。
逆に、その人数に達しなかった場合、自分が今の立場にふさわしくないという証明になるだろう、という自信も、表裏一体の物として、内心に抱えている。
今年はとにかく、7月、8月と、実動部隊として授業を回すのに忙しかったが、9月は営業や経営に言い訳不可能で本腰を据えられるようになりそうだ。
この2ヶ月で自他が求める結果・水準に達しなかった場合、次年度の身の振り方について、いよいよシビアな目線を基に、決定されてくるところだろう。
もちろん、一番の目標は、きちんと数字を出し、一つ上に上がる形で今の立場を退くことだ。しかし、このままだと、力量不足で交代となる未来も十二分にある。
そんな危機感を感じている。頭上にぶら下がるダモクレスの剣は、目にこそ見えないものの、はっきり存在していることが、ここ数ヶ月で日増しに理解できつつある。
例えば最近、歯が抜ける夢を見ることが増えた。また、内容こそ忘れたが、悪夢によって目が覚めることもそうだ。
これらは精神的に追い詰められ始めていることの兆しなのだろう。そうであるなら、今の自分には優しい声かけではなく、やはり結果としての数字が重要だと強く思う。
今からは、口先だけだったこれまでとは意識を大幅に変えて、とにかくシビアに追っていかなければならないと、改めて意識を強めている。
とはいえ、ここまでの緊張感・悲壮感を持っているのは傍目には僕だけのようであり、周りはどこか安穏とした様子で仕事をされている印象だ。
なぜそうも、平気でいられるのか。働く場所自体を失う未来が、全く見えないのだろうか。ただただ、違和感ばかりが膨らんでいき、腹の内から鉛を感じてしまう。
どうしても孤軍奮闘の形になるかもしれないが、それでも関係ない。実働隊としてもブレーンとしても、果たすべき役割を見据え、頑張り抜かねばならないフェーズだ。
今日はこのような決意表明で終わりにしたい。どんな決意かというと、2024年内に結果が出なかったら、僕はこの立場にしがみつかないという決意だ。
それは贅沢なことかもしれないが、今は真剣に焦っている。焦りを理性で制御しつつ、エネルギーに転嫁することで、行動力を何倍も上げることから、まずは始めよう。
自滅だけはしないように、そこだけは冷静さを持ちながら、頑張ろう。では今日はこの辺で。