世の中には何故か常に上から目線の人がいる。関りが無ければ無害なのだが、自分の居住範囲に居ると、メマトイという虫みたく、イライラによって無駄に体力を食われる。
基本的にはスルーしておけばいいのだが、マウント常套句の一つに、少しだけ自省をさせられるようなものがある。

それが、例えば「知ってるだけとか、意味ないよw」みたいなセリフだ。多分ホリエモンの発言の受け売りだと思うのだが、これを聞くと、「もしや・・」と思ってしまう。
僕の仕事はあくまでも学校の成績を上げることにある。高尚なことをどれだけ語ろうと、煎じ詰めれば生徒が知らないことをこちらが教えてあげる、というのが構図だ。
知ってるだけとか、意味ないよ。実はこれ自体は僕も同意している。だからこそ、ブーメランになっていないか、そういうのは折に触れて考えるようになった。
となれば、今の仕事に就いていること自体が、ある種壮大なブーメランなのではないか。循環論法めいているが、生真面目ゆえに、そんなことをたまに思う。
そんな僕だが、ある秀逸なマウント返しを見たことがきっかけで、この辺の霧は晴れている。もちろん自省は欠かさないが、より建設的に考えられるようになったというか。
今日はそれの紹介をしてみる記事である。
「たまには自分の成果を話してみたらどうですww」に対して・・

どの放送会か、そもそも切り抜きだったか、それすらも忘れたが、それはDaiGoさんの質疑応答放送のときに現れた。
一度観たらわかるが、彼の放送は豊富な論文・データに基づく研究の紹介という感じで、例えばネガティブ思考を緩和する方法など、テーマも様々だ。
そんな放送に、こんなスパチャが飛んできた。
「人の成果ばっかり語って、たまには自分の成果を語ってみたらどうですかww」
わかりやすいマウント野郎なのだが、彼はこのコメントを音読した後、一撃でこれを切って捨てていた。
「あぁ、科学を知らないんですね」
―どういうことだろうか。すると、その根拠は大体、以下の通りだった。
自分で研究してみると判ることですが、まずやることは先行事例の調査です。
過去の人が実験したことをまずは集めて、精度・規模・引用数などに応じて重みづけをする。
それを参照しながら、更に自分の成果を上乗せしていくというのが科学なんですよね。多分そのことをご存じないんじゃないかと。
自分一人でゼロから成果を出した人とかいますが、大体大した事ないか、独善的です。
という感じ。これについて恥の上塗りみたいなことを質問者が書いていたかどうかは知らないのだが、少なくとも僕は「勝負あり」と思った。
と同時に、自分がやっていることにも自信が持てた。大袈裟に言えば僕の哲学として、教科書に書いてあることの音読みたいな授業はクソというのがあるからだ。
独学で得られる知識を僕が語ることに意味はない。定期考査、入試、今後の生活に活きる形と、どう紐づけながら教えていくか。それは大事にしている。
「知っていることばかりw」と言われても、教育とは正直そういうものだ。先行事例を一切見ずに学習するヤツが居たら、僕は正直見下げてしまう。
これまで積み重ねられてきた事柄を参照しつつ、それをアレンジしてさえいれば、知ってるだけマウントは的外れになる。すごく励ましになる言葉だと思わせてくれる。
余談だが、ひろゆき氏は大学で学べることで一番価値があるものは、「論文を書くという経験を得られること」と言っていた。
確かに卒業論文を書いた経験があれば、「人の成果をww」というマウントがあまりにも恐ろしいことを言っていると身に染みて分かる。
参照した文献が一つもない論文は何と呼べばいいのだろうか。書き言葉になった長大な独り言だろうか。こういうのを考えると、何かこう、哀れさが込み上げてくる。
ステージが上がれば、些細なマウントは論破したうえで無視できる、と。なんというか、月並みだが、頑張ろうと心の底から思えた。
では今日はこの辺で。