今月の売り上げを去年の売り上げと比較して、僕は目玉が飛び出るかと思った。生徒数の減少より急激に、対比した結果の売り上げそのものが減っていたからだ。
正直、その瞬間はかなりテンパった。すぐに計算もやり直したが、やはり数値は同じ。一体他にどんな原因があるのか、わかりやすく狼狽していたと思う。

だが今回は、冷静になろうという自制心が勝った。すぐにChatGPTを立ち上げて、コンプラ違反しない範囲の情報を提供し、原因を考えてもらった。
その結果はここには書けないが、その仮説はかなり適切で、それをヒントに別角度から数値を分析し直したり、解釈を変えたりすると、納得感あるバグに思いが至った。
今はそのバグを冷静に見つめ直し、それを解決するためには僕に何ができるか、何をするべきかを地に足をつけて考えて、一つの計画を立て終えたところである。
やはり、「一発逆転策は死んでも取らない。」これをモットーに据えて困難と相対すると、腹が座るというか、感情のブレが鎮まるまでが本当に早い。
しかし同時に思った。このことは折に触れて何度も誓い直さないと、僕みたいな豆腐メンタルはいずれやらかす、と。
今日はそれを恐れながら、そんな愚かな手を打たないためにも、自分のメンタルのブレを言葉にしておく。
没落のきっかけ。
「一発逆転策は死んでも取らない。」このことが強く心に刻まれているのは、やはりビジョナリー・カンパニー3を読んだことがとても大きい。
かつて偉大な企業と称された会社がどう道を間違えて、瞬く間に転落をしたか。生生しいエピソードが添えられていて、全く人ごとに思えないのだ。
そして没落に一気に至る共通点として、不気味なまでに似通っていたのが、例えばカリスマ性のある経営者を外部から招へいしたり、企業体制を改革したりという劇薬だ。
もとい、これこそ一発逆転策だと言える。緩やかに没落してきた負債を”一気に”チャラにするような一手を模索し、実行し、そして自分にトドメを刺す。
僕らは、借金がかさんだり、日頃の食事に事欠いたりしながらも、競馬や宝くじに夢を馳せる人を、どこか嘲笑することができる。
しかし自分が何かしらの肩書を持ち、組織を率いる側になってみると、少しでも不穏な兆しが見えたり、下り坂に至ったりするとー一発逆転の誘惑が込み上げてくるのだ。
没落という奈落へ一気に突き落とす手こそ、一発逆転策のふりをしているものなのだが、自分が苦境にあるときほど、それを見抜いて自制するのは困難となる。
ビジョナリー・カンパニーの役員たちでもそうなったのだ。僕であれば、なおさらである。
復活の共通点。
一方、苦境に立たされながらも、そこから文字通り逆転に成功した人たちも多く存在する。そう言った人たちがしてきたことは何かというと、地道な努力に他ならないのだ。
売り上げとはかけ算だ。単価か顧客数か販売数を増やすことが、それに繋がる。では現状、どちらに重きを置いた方が現実的だろうか。そう考えて、局所的な作戦を打つ。
と同時に、無駄になっている部分を探り出し、そこのコストをカットする。無駄は許さず、徹底的に削る。売り上げだけじゃなく、利益率を高めていくことも怠らない。
それをコツコツと、ただ同時に【微差力】のような豊かな心と気持ちを持って取り組めるかどうかが、最終的に大きな差を生むのではないかと思う。
そして見事に立ち直した人たちは、間違っても神に祈って手をこまねく、なんてことは”絶対にしていない”。必ず地道ながらも堅実な手を打ち”続けている”のだ。
となれば必然的に、労働時間は伸びる。熱量も高まる。ハードなワークは手段であって、目的ではないのだ。僕はそこに立ち返らなければならないだろう。
気持ちを前向きに保ちながらも、一発逆転という甘言をシャットアウトしつつ、できることは何かを問うたり考えたりして、弾み車が動き出すまで諦めない。
つまりここなんだなと、僕は強く納得している。
では今日はこの辺で。