精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

「人生はいつだって修行だよ」という構え方は結構イイ。

今日は感情が揺さぶられることが多い1日だった。傍目から見ればそうは思われなかっただろうが、悲しみとかそっちにではなく、怒りの方面にだいぶ揺れた

 

本筋から脱線したところで空中戦が行われる会議。ぶっちゃけ生徒数に危機感を持つべきタイミングなのに、賞与のことを気にされる方。諸々、結構、キた。

そこへきて、突然Excelがバグって何故か全設定が英語になり、効率がダダ下がりするなど、あたかも厄日としか思えない連続だった。

 

なんで関係ない話で険悪になってんの?なんで貰える貰えない以前にもっと仕事頑張ろうと思わないの?なんで急に設定が変わったまま戻らないの?

 

誰にもどこにもぶつけられない怒りがグツグツと溜まり、火山と化した頭から噴き出さないか、我ながらヒヤヒヤしていたが、突然頭に浮かんだ言葉に、ふと救われた。

 

それは時折このブログでも紹介している、斎藤一人さんの言葉だ。今日はそれを、実はまだ内面で燻っている怒りを鎮めるため、なるべく丁寧に紹介してみる。

 

 

【上気元】を意識せよ。天が見ている。

 

その言葉をパッケージで紹介すると、以下のようになる。

 

一般的に「自分磨き」と言うと、勉強をしたり、外見をきれいにしたりすることを 指すと思います。

 

あるいは、なにか新しいことを始めるとかね。 

 

確かにそれらも、素晴らしい自分磨きの1つだろう。 

 

 

ただ一人さん的には、いちばんの自分磨きは「上気元でいること」なんです。 

 

1秒でも、機嫌よくいられる時間を延ばす。

 

それが究極の自分磨きであり、それが十分できていたら、ほかのことなんて少々未熟でもどうとでもなる。 

 

 

本気で自分磨きをしようと思うなら、まずは自分の機嫌を自分で取ることを覚えた方がいい。

 

それ以上のことはないと思います。 

 

ameblo.jp

 

・・・僕が感情を揺さぶられたとして、それを表に出そうものなら、単に面倒で嫌な奴に落ちぶれることなど、既に自覚している

 

だがそれを考えたとき、溜め込んだ怒りはどうすればいいかという部分を割と考えていないということに、謎のストレスに苛まれている度に気付かされてもいる。

 

本当に色んな教えを読んだけど、今の僕に一番しっくり来ているのは、その”どれか”ではなく、それらを”折衷したもの”になったのは、どこか面白く感じている

 

それを端的に言うと、「上気元でいること」とか、「人生はいつだって修行」といった言葉になると、勝手に納得している

 

より具体的に言うなら、今の自分がネガティブな感情に脳をジャックされていること自体に、なるべく早い段階で気付けるよう、日々インプットなり観察なりを重ねる

 

それを察知したら、感情自体を分析する。基本感情に落とし込んだら、今の自分の中で湧き上がっているのはなんなのか、冷静かつ客観的に眺めるのだ。

 

そして今回であれば、【怒り】が根本になっていると気付く。それをその人なり状況なりに向けるようでは、神様が「〇」をくれるわけがないと、まずは一歩引く。

 

ここで活用できるのが、感情自体を別の作業に転用することだ。例えば怒りであれば、実は仕事や決断を処理する速度が高まると言われている。

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これこそが「昇華」とでもいうべき身の処し方ではないかと思う。感情を振り回すガキの行動とは完全に異なる、非常に大人な構え方ではないか。

 

怒りに任せて当たり散らかせば、”そのとき、自分だけは”気分が良くなるかもしれない。しかしそれは、未来の自分含め、誰の利益にもならないと言える。

 

もっと広い目で考えて、自分にも他人にも未来にもプラスに作用する受け取り方を都度選び取っていく。そして行動する。結果、自分の機嫌を自分で取り続ける。

 

人生はいつだって修行というのは、全くもってネガティブな構え方ではなく、非常に広い目で、時空さえ超越して周りを考えられる気の持ち方ではないかと思えてきた。

 

てことでだいぶすっきりしたので、今日はこの辺で。

 

 

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