精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

『仕事は楽しくやるもの』という教えが持つ、本質的な意味が見えた。

仕事は「楽しくやるべきだ」という考え方がある。正直なところ、僕は以前、この言葉にどうしても懐疑的だった。

 

極端に言えば、やりがい搾取の類ではないかとさえ考えたこともある。その理由は今ならわかるのだが、主に経営者・成功者の方々が異口同音に唱えていたからだ。

しかし今では全くの逆。むしろ、【仕事は楽しくやるもの】という考え方がないと、マジで本当にやっていけないとさえ納得している。

 

今日はそこに至るまでのプロセスを、なるべく手短に紹介してみようと思う。

 

 

「楽しくやる」ことも、「歯を食いしばる」のも、実は同じことを指している。

そもそも、仕事の基本とは何だろうか。色んな話を聞くと、起きる出来事に淡々と対応し、日々の変化を捉え、それに敏感に適応することがそうなのではないかと思う。

 

乱暴にまとめると、変化に反応し、それを踏まえたうえで、世の中に貢献し価値を提供することだと言える。

 

この基本を怠ると、多くの企業は没落していく。もっと言えば、変化を拒んだ時点で、資本主義経済において、淘汰されるまでまっしぐらという事態に陥るだろう。

 

それゆえ、変化を意図的に起こし、新しいことに挑戦するのは当然という気概で仕事に臨むのは、極めて重要であり、だからこそ基本中の基本と言えるだろう。

 

―ここで、「仕事を楽しくする」という考えと、先に述べた仕事の基本がどう結びつくかを述べていく。

 

考えてみると、「楽しいからやる」というのは、実は変化そのものを歓迎している状態である。未知に対する期待と好奇心を、同時に持っているからこその発言だからだ。

 

これは、熟達論でいう「遊」の段階にいるのと同じだ。この段階にいると、行動そのものが報酬となるため、変化に対するネガティブなイメージは完全に消える

このメンタルを保持すれば、未知の状況をむしろ歓迎でき、試したいネタが尽きることが無くなる。圧倒的数量の個性的な仮説・経験を、日々たくさん得られるのだ。

 

つまり、楽しくやることは良いこと尽くしなのだ。ドミノの1枚目と言い換えてもいい。メンタルがバグっていると、変化を歓迎することは極めて難しい。

 

斎藤一人さんも、「まずは考え方を変えて、今の自分のまま幸せになるべし」と説いている。先の話との繋がりが見えて、すごくスッキリする理論だと言える。

 

「楽しい」という状態は、自然と変化を促す。より良くするためにどうしたらいいか、今いる場所をどう盛り上げるかと、息をするように考えられる

 

「仕事を楽しくやろう」という意識は、これら全ての好循環を内包した、一つの完成されたシステムではないか。そんな大仰なことにまで、今は思えてきた。

 

ところで、世の中で成功している人たちは、「馬車馬のように働く」「焼け石が根負けするまで水を垂らす」と言う人もいる。どこか楽しさを捨てたような価値観だ。

 

だがこれもすべて、結局は起きた出来事に対して、解決するまで手を打ち続けるということだ。それをポップに言うか、覚悟を込めて言うかの違いがあるだけではないか。

 

そうした人たちであっても、実は心のどこかで楽しんでいる部分があるのではないかと僕は思う。もし本当に辛いだけなら、メンタルも持たないだろうからだ。

 

彼らが言う「諦めの悪さ」は、変化を通じて現状や自分をより良く、楽しくしようという工夫の賜物だと思う。

 

やはり、”仕事は楽しくするべき”だ。不満を言うよりも改善するべきだし、どうせ変化しなければならないなら、楽しく変化を起こしていくことが大事だ。

 

変化しないと結局は食べていけなくなるからこそ、「仕事を楽しくするにはどうすればいいか?」という問いを持つことは非常に大切なことなのだ。

 

これは、やりがい搾取の常套句でもなければ楽観主義でもない。むしろ、世の中を渡っていくための基本的な考え方の一つだと、今さらながら気づいたという話である。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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