精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

有給休暇が”好きじゃない”ので、前向きな解釈を考察する。

頭の中の整理を目的として、今日は「有給休暇」という言葉について考えてみる。先に白状すると、僕は有給休暇の”意義”について、何一つ実感が伴なっていない。

 

最近は有給消化率が非常に重視されるようになり、多くの人がその取得率を気にしている印象がある。ブラック企業という言葉が登場してから10年くらい経つだろうか。

 

その頃を踏まえたら、日本全体として改善しているとみていいし、改善しようという方向へ世論が向かっているのも感じている。

 

実際、僕が就活生だった頃から格段に、「働きがい」や「やりがい」ではなく、むしろ法定休暇や有給が確保されているかを気にする学生が増えたと感じている。

 

しかしながら、さっき書いた通り、実のところ、僕は有給休暇の多さには特に興味がないそもそも、暇な時間が嫌いだからだ。

 

大学生の頃は家でゴロゴロするのが好きだったが、今は家で何もしないと不安が募る。さらに、家にいると、喧しい隣人の騒音がストレスになってしまう。

 

こうした理由から、僕は有給休暇があまり好きではなく、むしろ仕事をしていたいと思ってしまうタイプだ。ゾンビ型社畜の定義そのもので、ちょっと苦笑してしまう。

 

実際、今日は有給を取得しているが、正直言って無理やり休んでいる感じだ。出社したいが、周囲に「今日は休め」と言われ、調整を済ませ、渋々オフにしたほどだ。

 

個人的には「有給取得しました」ということにしていいから、むしろ仕事をさせてほしいとさえ思う。だが、これはあまりにも危険な考え方だし、前例だとも理解している。

 

正直、これを他人に押し付けるのも、美徳として語るのも、ダメだ。とはいえ、有給を取る理由について、まだ自分の中で納得できる答えが出ていないのも事実である。

 

今日はそれをいい加減自分の中で結論を出しておき、きちんと有給を取れるヤツに慣れるよう、思考のコリをほぐす記事にしたいと思う。では以下、本題だ。

 

有給休暇を取ると、僕にどんなメリットがある?

 

実際、どんないいことがあるだろうかと、その答えを自分の中に探しても仕方がない。僕のメタは、休む方がストレスフルという結論をしっかり抱きしめているからだ。

 

だから、マクロな視点で、メリットを考えてみる。例えば、僕が休むことで、他の社員が「有給を取ってもいいんだ」と思えるなら、それも一つの効果だろう。

 

しかし、これが腑に落ちるかと言えば、眉唾だ。僕が休もうが休むまいが、それは大した影響じゃないだろう。だからこの方面で考えても仕方がなさそうだ。

 

そして考えていく内に気が付いたが、僕の不在が業務にどんな影響を与えるかは、結構興味がある。なら、有給休暇を一つの実験として捉えるのはどうか。

 

「自分がいなくても会社は回るか」ということを確認するために、僕が来ない日を設ける。このデータを取るためという位置づけに据え置くと、腹落ち感が得られた

 

例えば、僕がいなくてもトラブルが起きず、故に何の連絡も来なければ、組織として属人性が薄まっている証拠であり、マネジメントがうまく機能していると判断できる。

 

一方で、僕の不在によって意思確認等の連絡が頻繁に来るようなら、業務が僕に依存している状態であり、改善が必要だとわかる。

 

この意味で、今日の休みはすなわち、僕がいなくても業務が滞らないかを確認するための「デバッグ」のようなものではないか。

 

これならば、少しは有給の意味が出てくる。自分の不在こそが実験に必要だと思うことで、僕は有給をもっと素直に取れるような気がしている。

 

とはいえ、結論としてはまだ弱さも感じる。きっと、僕はまだ有給の価値を、完全には理解できていないのだろう。正直、まだまだかなり、軽んじている

 

勿論他人のそれを軽視しないよう留意はしているが、世間の意見がどうあれ、僕はこのスタンスを貫いていくつもりだ。

 

多少はマシになったが、僕は仕事が好きというより、つまり何もしてない時間が嫌い過ぎるというところに歪みがあるように思えてならない。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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