チームワークについて、最近よく考える。何かの記事で書いたのだが、実は自分にとって理想的なチームワークとは何か、僕自身が言語化をほとんどできていないのだ。
例えばそれは、「分業」を突き詰めた先にあるのだろうか。工場のように、各々が与えられたタスクを完遂してくれることを期待するのが、チームワークなのだろうか。

少なくとも、このイメージにはまるでピンとこない。そう言った事務作業や雑務に当たることは、人に依頼する前に自分がやるとか、システムやツールに外注するからだ。
僕という人間の劣化コピーロボットを大量生産するようなリーダーシップの取り方やチームビルディングは、僕の理想からは程遠いという、そんな感覚だけは抱いている。
だが、そういう「勘」の部分から一切深めないままなのは気持ちが悪い。今日はある程度までという限界はあるだろうが、僕が感じる「良い」チームの在り方を考えたい。
僕は監督で、皆は選手であってほしい。

役割分担について、僕が理想とするチームのあり方は、色々考えてみたがスポーツチームのそれに近いと感じている。
自分で言うのもなんだが、僕は”監督”の立場にいるという認識で、普段の仕事に取り組んでいる。仕事の一つ一つが、どう集団に影響するかをつぶさに観察している感じだ。
だからこそ、監督が忙しいからといって、選手に監督の仕事を分担させるのは、全く支離滅裂な状況を表していると思っている。
分業や手伝いというと、その人が抱える仕事を丸ごと別の人にパスをするイメージを抱きがちだが、役割の違いを考えると、それがそのまま機能することは割と稀だ。
監督ともいえる僕が、選手ともいえる講師たちに求めるのは、彼らが最高のパフォーマンスを発揮してくれること、それによって顧客の満足や幸福を生んでくれることだ。
その準備も万端にしてほしいし、それを阻むものがあるのであれば、精神的なもの、物理的なもの問わず、教えてほしい。分業としては、この関係性が一番しっくりくる。
各自が自分の責任を全うすること。それを果たすために何か障壁となっているものがあるのなら、それを共有し合い、共に克服すること。これが理想の形かもしれない。
ここまで思い至った際、ふと昔読んだ本の一節を思い出した。
それによれば、「リーダーの役割の1つは、絶対に越えてはならないルールを運用し、チームの心理的安全を担保すること」だという。
「あれをしてはいけない」という風に行動や思考を制限するためにルールがあるのではなく、ダメな点以外は自由に仕事をしてもらうために、それはあるのだ、と。
僕が思う監督の仕事こそ、ここにある。僕はそのために尽力するべき役割を負っている。そう思うと、頑張ろうという気が自然に心の底で燃えてくるのを感じる。
お互いがお互いに、独立した者として、異なる責任を全うすること。その途上で、時に協働して更により良い成果へ繋げていくチームを作ること。
僕が思う理想のチームワークが見えてきた。やっぱりこちらの方が腹落ち感が強い。単に仕事をパスし合うだけというのは、チームの役割というよりただの分業なのだ。
そもそも塾業界は、例えば授業の担当が多いからと、簡単に他の講師へ助けを求められるような環境ではない。科目の得手不得手、生徒との相性、その辺が絡むためだ。
それを踏まえても、他業界では通じるかもしれないシンプルな作業の分担は、それをしたところで例えば僕の労働環境が改善されることに繋がるとは全く考えていない。
やはり、こう納得する。お互いが自分の責任を全うし、そのために必要なサポートをお互いにし合う形こそが、僕が理想とするチームワークだ。
ではその具体はどうするか。これはまた今後の課題だと感じている。ということで、結構考えが深まって満足したので、この辺で終わりとする。