精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【英文読書ルーティン日記204】"The Code Book"読書感想ブログ19 ~新時代の暗号~

僕の家にパソコンが来たのは、大体僕が中学1~2年生のときだった。Windows98を搭載した、ノートと呼ぶにはあまりにもゴツい機体。まだうっすら姿を覚えている。

 

PCの操作は、確かに直感的にできた。日本語を打てば、それがそのまま打ち込まれる。何一つ難しいことは無い。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

しかし学校で情報の授業を受けていると、コンピュータへの命令は、全く異なった言語で行われていることを知った。機械はそれを翻訳し、命令を受け取っていたのだ。

 

そしてよく考えたら、剥き出しの個人情報をやり取りするほど恐ろしい話も無いのだが、その通信には頑強な暗号が用いられていることも習った。

 

僕らの日常には、暗号と見慣れない言語が溢れている。そう思うと、どこか意識が遠くなるというか、摩訶不思議な感覚を抱かされる。

 

ということで今週も、暗号の話に入っていこう。

 

 

 

11月18日(月) 暗号が持つ欠点。


ルシファー暗号は鍵の総数をある程度に絞った状態という条件は付いたが、初となるスタンダードなそれとして、実際に運用が開始された。

 

しかし、課題は山積だった。例えば送信者と受信者で鍵の取り決めをしたとして、その取り決め自体をどう傍受されることなく伝えればいいか、というのもそうだ。

 

仮にそれを信頼できる郵便業者に委託した場合は、物流が完全に破滅するほどの量のやり取りが行われる。これはこれで、現実的ではないのだ。

 

秘密を守るための暗号の課題は、その鍵をどう安全に相互へ伝えるか。灯台下暗しではないが、一番の課題が根本的なところにあるのは、なかなかに厄介な状況だといえる。

 

11月19日(火) 分配という悪魔。

 

第一次世界大戦の時もそうだが、堅牢な暗号の突破は、意外にも、ヒューマンエラーが直接の原因になることが多い

 

今回のルシファーもそうだ。極めて頑丈なそれができたのは分かったが、ではそのための鍵を、どう顧客の間でシェアしていくのか?

 

軍事作戦における暗号は、人名を左右するという特性から、鍵の書かれたコードブックの分配について、国家予算はほぼ無尽蔵に使うことができた。

 

しかし民間目的での利用はそうもいかない。強行すれば、その企業は莫大なコストを取られ、かつ物流は圧迫されてしまうだろう。

 

安価で、安全で、物流も圧迫しない。そんな夢のような鍵の分配の仕方こそ、次の世代に課された宿題になったのであった。

 

11月20日(水) 異端児。

B. Whitfield "Whit" Diffie - Society for Science


暗号を安全に分配するにはどうすればいいか。できれば安価で。その難題に興味を示し、やがて憑りつかれた男がいる。ホイットフィールド・ディフィー氏だ。

 

幼き頃から数学への興味と非凡な才能を示した彼は、肩まで伸びるロン毛が特徴の風変わりな容貌でも、ある意味有名だったそうだ。

 

数学を次々に修めていく内に、彼は「暗号を安全に分配する方法」と、それによって可能になる世界に魅せられていくことになる。

 

ネットワークで世界が繋がり、あらゆるデータを共有できる世界。今でこそ当たり前の世の中だが、当時(数十年前)となれば、もはやそれはSFの世界だった。

 

そんな自分の夢と、直接繋がった超難題。ディフィー氏はこの問題にどう立ち向かっていくのだろうか。

 

11月21日(木) 行動力の鬼。

 

ディフィーの情熱は、同僚を始め、周りの研究者に言わせても異端そのものであった。

 

NASAが持つ技術力を凌ぐテーマに、資金も人材も持たない人間が挑む。情熱だけでは辿り着けない場所。

 

実際、ディフィーが暗号鍵について講演をした際も、一人を除いて好意的な反応は無かったそうだ。だがその一人が、彼の運命を変えた。

 

その人物は、彼と同じ夢を語った人物の存在を伝えた。自分と同じ情熱を、クレイジーな想いを抱いている人間が、少なくとも一人はいることをディフィーは知った。

 

そんな同志は、この場所から5000km離れた彼方にいるのだという。それを聞いたディフィーは臆すること無く車に乗り込み、そこを目指して驀進させるのであった。

 

11月22日(金) 暗号の協奏。

 

ディフィーとヘルマンの出会いは突然でありながら運命的なものであった。同じ夢を持ち、滾る情熱を持ち、他者には嗤われた。まさに互いが運命の人であった。

 

とはいえ、共同研究をしようにも、ヘルマンの側はそれ以上教授を雇えなかった関係上、ディフィーはウルトラCの作戦を採った。

 

それは、ヘルマンの「担当生徒」として、その下に付くことだったのだ。こうして二人の研究は大きく動き出すこととなる。

 

11月23日(土) 原文➡暗号➡暗号➡復号。


暗号作成とその復号には、システム上”当たり前”なのだが、極めて厄介な問題がその根幹に潜んでいる。それは、原文➡暗号化➡暗号の送信➡復号のプロセスだ。

 

原文をそのまま送るのはアホなのだが、暗号を相手に送らなければいけないという絶対的な制約があるがため、いつどうやって鍵を渡すかが大きな問題となるわけなのだ。

 

いくら伝えたいメッセージを秘密裡に渡せたとしても、それを解読するための鍵自体がリスクに晒されているなら、セキュリティとしてこれ以上なく脆弱なものとなる。

 

だからこそ、暗号化自体は実は容易なのだが、それを相手に”安全な状態で復号できる状態にするのが困難”ということなのだ。

 

ちなみにこれをわかりやすく喩えた表現に、「靴下を履いてから靴を履くとき、靴を脱がずして靴下は脱げない」というのがあった。

 

何故か僕は、これに強く得心したのを覚えている。

 

11月24日(日) 鍵に鍵を付けてさらに鍵を・・・。

 

この問題は、例えば鍵を南京錠がたくさんついた箱に入れて相手に届ければいい、という単純なものでもない。ではその箱の鍵はどうするのかと、問題は無限に発散する。

 

どこかで何かしらのブレイクスルーは必須なのだ。さもなければ、常に誰かによって解読可能な状態で、このインターネットが普及した社会を運営することとなる。

 

こうして高度に情報化した社会で真っ先に浮かんだ問題が、暗号の鍵をどう手渡すかという古代から存在するそれだったのは非常に示唆深い。

 

叡智から叡智へ、問題はその複雑さを増しながら、手渡され続けるものらしい。

 

では今週はこの辺で。

 

 

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