共通鍵方式。素数。因数分解。これらはいずれも中学~高校、下手すれば小学生の頃にも学べたり理解できたりするアレコレだ。
これらが現代社会に暮らす僕らの秘密を守ってくれていると思うと、親しみがあるだけに大丈夫かいな、という印象は持たないことは無い。
jukukoshinohibi.hatenadiary.com
だが、素数という概念は4000年以上にわたって”真の理解”を拒み続けている感じがするし、因数分解も桁数が膨大になれば、解答時間が無量大数という単位さえ超える。
抽象世界におけるノーガードの殴り合い。コンピュータという計算の暴力と、暗号という超堅牢な壁の戦い。その歴史を紐解ける名著として、本当に学びが多いと思う。
ということで今週も読み進めていくこととしよう。
- 12月9日(月) 「言っちゃダメ」。
- 12月10日(火) 真の立案者は誰だ。
- 12月11日(水) 時代に先んじるということ。
- 12月12日(木) 真の紳士。
- 12月13日(金) 遅れてきた功績。
- 12月14日(土) 功績を誰に帰すかというのは、ナンセンスな問い。
- 12月15日(日) 公共の福祉。
12月9日(月) 「言っちゃダメ」。

エリスはディフィーたちのアイデアに似た物を着想できてはいたという。ただ、彼が携わった仕事は「国家機密」であり、公言することはできないままになってしまったのだ。
実際アイデアの仔細は固く封印されたままであり、著者もインタビューや閲覧を試みたが、できたのは「そのアイデアを見た人の感想を聞くこと」だったのだという。
こうして共通鍵方式の先駆者たる功績は完全に闇に葬られてしまっていた・・のだが、この章に新たな展開が起きそうな記述が載っていた。
エリスの後にこの秘密組織でバトンを受け取ったのは、今度こそ数学の素養を持つ、また別の隠れた天才なのであった。
12月10日(火) 真の立案者は誰だ。

諜報部に加わった新たなメンバーの名は「クリフォード・コックス」という。ただ画像検索をしても出てくる情報が非常に少ないことから、やはり秘匿されたのだろう。
彼は数学の素養を持つ人物で、エリスが考案した「ヒントがあれば簡単に解けるけど、それ無しまず解けない」という数式を探索する者としてお誂え向きだったのだ。
そして彼は何と、この命題を知ったその日の内にアイデアを論文にしたためてしまったのだ。別のメンバーたちが数年間悪戦苦闘して進捗ゼロだったのにも関わらず、だ。
ちなみにこのとき、彼はかの有名な数学者ハーディがこれを聞いたら、恐らく怒るだろうことを危惧したそうだ。
何故かというと、ハーディはこんな発言を残しているためである。
数の理論や相対性理論によって支えられるような戦争への応用例を発見していない。そして今後もそのような例を見つけるような人間はいないのである。
―数式を暗号に応用することは、広い目で見れば戦争への転用となる。ガウス然り、純粋な数学だからこそ学んでいた人にとっては、これは許せない構図というのは面白い。
12月11日(水) 時代に先んじるということ。

クリフォード・コックスのアイデアは、RSAよりも遥かに時代を先んじて、暗号鍵の分配問題を”理論上”クリアしていた。だが彼は、時代を先んじ過ぎていた。
技術としては完ぺきだったのだが、時はまだコンピュータの黎明期であり、彼の理論を実装するための性能を持つそれが、そもそも存在しなかったのだ。
しかも彼の研究は秘匿を命じられており、そのアイデアを公開することでコンピュータの自体の劇的な進化を期待することもできなかった。
時代を先んじ過ぎるとこういうリスクもあるのかと、ワンピースのベガパンクみたいな話だなとそんなことを思わされた。
12月12日(木) 真の紳士。

エリスらによる研究は一つの完成を見たが、結局は公言することもできず、また特許を取得することも無く、ただただシンプルに”放置”されてしまったという。
そしてそのアイデアと性質を同じくするディフィーらの暗号が発表されると、その功績は完全に彼らに帰することとなった。創始者たちは、忘れ去られてしまったのだ。
しかし時が少し流れると、ディフィーらに先駆けてその結論に辿り着いていた人が要るという噂が広まったという。それを聞いたディフィーは、すぐに会いに行ったそうだ。
バーで待っていたエリスは、いわばクレイジーな研究者という雰囲気を微塵も感じさせない、完璧な紳士のような物腰でディフィーと応対したそうだ。
どうやって共通鍵暗号方式のアイデアに辿り着いたのか、その源泉をいくら尋ねても、エリスはその話題を変えてしまうのだそうだ。
最後の最後にディフィーが単刀直入で尋ねると、エリスは静かにこういったという。
「もうその話はいいでしょう。あなた方がやったことは、私が辿り着いたものよりもずっと優れているんだから」
なんとカッコイイ紳士なのだろうかと、僕もすごく感じ入るところがあった。
12月13日(金) 遅れてきた功績。

GCHQ↑で働く科学者たちは、国に対して莫大な貢献を果たしてきたが、その功績は頑なに秘匿され続けた。仮にそれが漏洩すれば、途端にリスクへと様変わりするためだ。
だがインターネットの勃興によってあらゆるデータが可視化・共有化されるようになると、当局もやや態度を軟化させ、共通鍵を巡る功績を公開し始めたのだ。
とはいえ、アイデアを思いつくこと自体も勿論尊いのだが、だからといって後にそれを実現した人たちの功績が無に帰すかと言われれば、それもまた違う。
著者もそこを念押ししていた。間違っても自分は、”エリスたちの方が秀でている”ということを言いたいのではないのだと。
ただストーリーとして、陰に隠れた功績を伝えたいのだと。そういったスタンスはしっかりと理解したうえで、僕もまだまだ物語を追いたいと改めて思った。
12月14日(土) 功績を誰に帰すかというのは、ナンセンスな問い。
ここまで読んでふと思うことがある。例えばRSA暗号を完成させた手柄は、果たして最終的にそれを完成させた3人にだけ帰しても良いものなのだろうか。
そもそも着想という意味では、エリスやコックスが先駆けていたし、その着想を進化させる土壌という意味では、GCHQという場の存在も大切だったはずだ。
ではGCHQを立ち上げた人が一番の偉業ということになるのか?それも眉唾だろう。こんな風に、誰かだけに功績を与えることは、すごくナンセンスな問いに思えてくる。
それはこれまでに登場した、バベッジしかり、チューリングしかり、全く同じ話である。彼らは手柄を”奪われた”存在として、悲劇の主人公なのだろうか?
線文字Bの解読に至るまでには、最終的に解読を果たした人の凄さは当然あるが、そもそもそれを発掘した人もいるし、さらに言えば書いた人がなければ解読もクソも無い。
確固たる中心が無い、ネットワーク上に繋がった奇跡。
こう考えると、仏教哲学における曼荼羅の凄さが改めて身に染みてくるのだが、皆さまはどう思われるだろうか。
12月15日(日) 公共の福祉。

暗号技術はかつて、政府や軍部が活用する類いのものであった。しかしインターネットが台頭すると、その様子は一変する。
膨大な電子情報のやり取りが世界規模で行われるようになり、一般大衆の情報を如何に守るかも問われるようになったのだ。
みんなのメッセージを暗号で守る。こう書くと聞こえはいいが、ここの「みんな」には、犯罪計画なども含まれるという側面がある。
情報を守りながら、犯罪計画は露呈させる。こんな無理難題に、どう挑むのか。新しい章は、ここから始まるようだ。
では今週はこの辺で。