繁忙期が終わったのもあり、どこか懐かしさをも帯びた、落ち着いた日常を取り戻している。定時に出て、定時に帰る。来週末を凌げば、定期的な休日も取れる。
まだ連勤は続いているものの、気持ちや生活にゆとりが生まれ、張り詰めていた神経もようやく少し、緩んできた。このメンタルは貴重ゆえ、忘れる前に記録しておきたい。

まず何より強く実感したのは、休みを取ることの重要性である。僕は今、年末年始に徹底して何もしなかったことを、すごく正しい判断をしたとさえ思っている。
あれほどの連勤術士だった僕に一体何が起きたのか。以下なるべく手短に、まとめておく。
休みが取れないことは、認知さえ変える。

以前は、休みの時間は生産性がなく無駄だと思っていた。特に業績としてもパッとしない以上、余暇なんて眠たいことを言ってないで、仕事をしてナンボだと。
しかしいざ、実際に休みを取ってみると、思ってもみなかった心身への好影響が現れて、あの頃の自分の浅薄さが時間差で浮き彫りになっている。
例えば、純粋に疲れが取れてストレスが軽減された結果、作業効率が滅茶苦茶上がったのを感じている。結果、これまで以上に短い時間で、今までよりも成果が出ている。
実際、先日長らく封印していた趣味であるキャンプに行くため、仕事前日に山で一泊し、翌朝仕事前に一足お先に帰宅するという荒行のような行楽を強行した。
自分が昼過ぎ出社というシフトだからできたことだったが、これはマジで、多少体力を犠牲にしてでも、行っておいてよかったと心底思っている。
なぜなら、その日はかなりコンディションよく仕事を終えることができたからだ。懸念された疲労も、朦朧とする感じも一切なく、そのまま終業まで突っ走れた。
仲間とともにリフレッシュしたことで、仕事の効率がこの上なく高まる。おまけに、いいアイデアに当たることも多々閃いた。
休むって、素晴らしい。この経験を通じ、その効果を一層痛感している。連勤こそ正義だった自分というのは、ある意味間違ってはいないが、視野狭窄だったな、と思う。
純粋に楽しむ時間があると思うと、それだけで平日の集中力が高まり、結果として生産性も創造性も向上する。
そうであるなら、だらだらと連勤を重ねるなんて発想をそもそも捨てて、休日を前提にすることにより、限られた時間でより効率化した方が色々とマシだ。
また、無理を重ねる働き方にも限界がある。このことも、一度オフを入れてみてよく分かった。自分が疲れていることには、休むまで気づけなかったからだ。
ということで、これまで休みなく働くことで結果を出そうとしていたが、今は休みを前提に効率的に働き、長期的に見てより大きな成果を目指すべきだと感じている。
長時間労働で結果を出すのは一つの方法だが、持続可能な方法とは言えない。そのことをまだ取り返しがつくうちに学べたのは、よかったと思っていいだろう。
思い返せば、休めないなんて潜在意識がいつ醸成されたかというと、20代頭で1日15時間労働といったイカれた日々を送っていたときに他ならないと思う。
もちろん、その日々があったからこそ得られた経験も大事だと思っているが、それに頼り続けることはできない。年齢によるダウングレードは、絶対に起きるからだ。
今の僕は、そういうハチャメチャさを終えて、経験を積んだからこそできる働き方をもっと模索する必要がある。我武者羅という響きに頼らない働き方とは何か。
ただ何より、結論として、適度に休むことは大切だし、とても意義あるものだと、改めて実感することができた。
連勤による洗脳が無事に解除された今、この感覚を今後も大事にしていきたい。絶対にそうありたいと、強く思えている。
では今日はこの辺で。