今日は完全に独り言というか、自分にさえ向けていないような言葉を記録し、そのあとで文章として整理したような記事を書こうと思う。
それくらいカオスなこととは何か。それは僕にとって納得感のある、進むべきベクトルはどこを向いているか、というものだ。

前回の記事では、常に何かしらの目標を立てて勝手に遊んでいるような日々を送っているので、特に新たに掲げるそれはない、と書いた。
しかし、2026年3月を一区切りとし、その準備をこの1年で進めるということだけは、長尺のスパンで唯一、強く日々意識している。
これを僕は「引退」と呼んでいたが、最近になってその表現が適切なのかどうか、改めて見直す必要があるとも薄々感じていた。
それを経ての【独立】も当初は夢見ていたのだが、それが解像度の粗い理想だったことに、2年越しで気づきつつもあるためだ。
僕は本当はどうしたいのか。今日はその問いに対する、自分の曖昧模糊とした認知を捉まえて、気が済むまで内省してみた、という記事である。
授業を取るか、運営を取るか。その答えは既に決まっていて・・・

そもそも2年前、なぜ僕は独立を志したのか。それは端的に言えば、自分の工夫を煙たがられ、裁量は無いのに責任はあるという立場に、我慢できなくなったからだ。
その時の本気度たるや、役員の方々に時間を割いていただき、サシでお酒を飲みながら話を聞いてもらうというほどだった。
もっとも、役員の方々からすれば、僕のガス抜きのつもりというだけだったかもしれないが、僕はほぼ酒も飲まず、胸の内を感情的にならないよう語った気がしている。
ー僕が今の会社でのキャリアアップを諦めると役員に告げる直前、棚ボタで責任者の交代が発生し、僕はしれっと今の校舎長に昇格することとなる。
その日からそろそろ丸2年経つわけだが、このポジションになってみると、これまで見えなかったバグが見えるし、自分がしたいことも多様化したのを感じた。
今の組織を見渡して、足りないと感じるシステムや改善すべき点が、より明確に見えてきている。だからこそ、今僕がしたいことを端的に言えば、その改善や更新だ。
となるとやはり、僕のしたいことを叶える手段として、【独立】は最適解ではなくなっているように思う。あの時の正解が、不正解に切り替わっている感じだ。
そもそも現在の僕には、まだ独り立ちするための実績と数値が不足していると実感する。センスがない以上、勉強と実践で補う必要がある部分が山積している。
その山積する問題に対し、そのドミノの1枚目を倒すにはどうすればいいか。これについては、一つ仮説がある。授業ではなく、マネジメントへ軸足を移すことだ。
社内を見れば、僕より授業が上手く、熱力を注げられる人は多くいる。ただ僕自身、そういった人を後方から捲り、一気に授業で1位を取る気は、全く無いのが本音だ。
僕がすべきことと感じているのは、現場を支えるシステムの構築と管理だ。その方が、自分にとっても会社にとっても、得るものが多いと考えている。
だからこそ、「授業と運営、どっちを取るの?」という質問をされたら、僕は間髪入れず、「運営」と答える。より高次で、広範に、僕は貢献したいからだ。
2025年を迎えて2週間経ったが、僕の心の中では「授業からの引退を目指すこと」は、目標としてブレることなく定まり続けている。
これは何も完全に授業をやめるわけではなく、身軽になるための意識の区切りだと言った方が正確だともいえる。
これは我ながらすごく現実的な判断であり、個人的な欲求を超えた、いわば必要性に基づいた選択だ。誰かが担うべき役目を、誰も担っていない構図が見えている。
念押しすると、授業への情熱がなくなったわけではなく、現場を回し、保護者対応やマネジメントに専念する方が、数段やりがいを感じるという、そういう話なのだ。
具体的には、社員のシフト管理や校舎巡回といった役割を担う、それこそエリアマネージャーのようなポジションを新設し、目指したいと思っている。
それに向けてこの1年で必要な材料を揃え、理論武装も完了しておき、いつでも役員に対しプレゼンができるようにしていくつもりだ。それが引退への区切りとなる。
正直、2024年はこの1年間、講師として全力を尽くし、30日以上の連勤も2回くらいやらかした結果、講師業に未練はまるでなくなった。すなわち、やり切ったのだ。
講師としてのピークを迎え、もうこれ以上を目指す必要は微塵も感じていない。次のステップとして、僕が本当にやりたいのは、役割の転換だ。
サポートに回り、組織をより強固にすること。適材適所の配置とマネジメントを客観的に担う。それが、今の自分に求められる役割だし、したいことだと確信している。
感覚として、結果論を踏まえれば、僕の「引退」という目標設定は概ね間違っていなかったと感じている。方向は既に自分にとって胸躍る方に定まっていたのだ。
自分の直感を信じた結果、次のステージに向けて進む準備が整いつつある。これが現時点での考えのまとまりだというのは、なんとも救いがある話だ。
では今日はこの辺で。