精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【英文読書ルーティン日記212】"The Code Book"読書感想ブログ27 ~理解を阻むほどのなにか~

【ご冗談でしょう、ファインマンさん】という名著がある。稀代の物理学者ファインマン氏のユーモアあふれる日々と思考が描かれた、読んでいて飽きないエッセイだ。

 

それを読んでいても思うが、理科や数学として括られる単元で抜きんでた成果を出す人は、観ている世界が違うのだろう。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

正確には、あらゆるバイアス、思い込み、先入観、常識などから自由、といった感じだ。ゆえにあらゆる可能性を考えられる、ということなんだと思う。

 

それは同時に、大多数が共有する言語や価値観を、そうしていないということも意味する。自由ゆえに集団から溢れがちというのも、一つの個性になるのだと思う。

 

暗号の歴史から、気づけば相当遠くまでやってきた。だがここまで来て僕が思うのは、僕もまた彼ら彼女らみたいに、凝り固まったなにかから自由でありたいというものだ。

 

そのきっかけを、ここからの章でも得られると信じて、また読み進めたいと思う。

 

 

1月13日(月) 時代に先駆けた天才か、奇人の戯言か。

量子力学に夢を馳せた人は多々いたそうだが、それをまともに聞き入れた人は皆無だったという。

 

量子力学の振る舞いを活用すれば、偽造が起こり得ない貨幣が作れる!……という提案に耳を傾けるというのも、なるほど困難な響きである。

 

とはいえこのプロセスも反応も、なにか強い既視感を僕は覚える。つまりなんだかんだであるあるの話なのだろう。

 

とはいえ少なくとも僕が知る限り、量子力学現代社会に云々という話は進展していないと思っている。パラダイムシフトはまだ途上なのかもしれない。

 

1月14日(火) 分かるのは奇人か天才か。

 

フォトンの摩訶不思議な挙動を理解することで、傍受と同じくらい厄介な、偽造という行為を防ぎ得る。

 

特にそれを紙幣に応用すれば、実質的に贋札なんて物があり得なくなる。それが一つの主張となった。

 

しかしサイモン・シン氏が丁寧に説明してくれたはずの仕組みも、僕にはまるでちんぷんかんぷんだった。

 

僕はまだまだ、物理学を楽しめるほどの変人にはなれていないようである。

 

1月15日(水) 失敗もまた前進という仮説さえ阻むもの。

 

金庫の鍵をピッキングする際は、一つ一つのピンの位置が少しでも狂うとロックが戻るという。

 

それは同時に、ここまではセーフで、ここからはアウトという閾値を示すヒントにもなり得る。

 

では、フォトンを利用した紙幣を偽造せんとするものは、同様の性質をヒントに使えるのだろうか?

 

実はそうでもないらしい。完璧な正解じゃなくても、ある程度進めることが可能ゆえ、自分が間違っているかどうかにも気付けないらしいのだ。

 

あたかも計算を間違えて、誤った数字を出したのに、たまたま解答が連鎖する感じに似ている。それの正誤を最後にバチッと確認できるのは、正答を知るものだけ。

 

曖昧さにセキュリティを委ねるとは、不思議な話もあったものだと思わされる。

 

1月16日(木) 我が成すことは・・・

 

フォトンを用いた新札。なるほどそれは、それまで為政者を悩ませ続けてきた偽造という問題に対する、最たる武器となり得る。

 

だがやはり、技術がそこに追い付いていなかった。それゆえコストも桁外れに必要で、同時に理解も得られないままとなった。

 

初めてこのアイデアを提唱した人の論文は、4回も雑誌への掲載を退けられ、完全に宙へ浮く形となってしまった

 

奇人・変人という烙印を捺された人を救うのは、同じく奇人・変人と呼ばれて弾かれた人だけなのかもしれない。次に登場してくるのは、やはりそんな人物であるようだ。

 

1月17日(金) 四面楚歌の中に仲間と出会う。

 

フォトンによる暗号を内蔵した紙幣に強い関心を示した人もまた、相当な奇人と呼べる人物であった。

 

三歳の頃から「将来は科学者になる!」と公言し、亀の骨格標本を作るために鍋で遺骸をアルカリ水で煮込むような子供だったらしい。

 

大学進学に際して、興味は生物化学から物理に転じたものの、その熱量と好奇心はますます燃え盛るタイプ。

 

奇抜なアイデアに魅せられた者同士、そこからどんなアイデアが洗練されて立ち上るか。僕に理解できる範疇を超えそうな気しかしないが、つまり楽しみである。

 

1月18日(土) 強さのインフレ、留まるところを知らず。

 

フォトンによる暗号を堅牢化すればするほど、その共通鍵をどう相手に手渡すかが次なる課題となる。しかも前提は、RSAさえ打ち破られた世界線だ。

 

二人の(奇人)科学者は、この問題をそれこそ四六時中話し合い、あーでもない、こーでもないと思い巡らせ続ける日々を送っていた。

 

そんな二人に「エウレカ!」の瞬間が訪れたのは、RSAのそれと同じく、本当に何気ない瞬間だったという。

 

それは、電車の到着を待っているとき、だったそうだ。どんなアイデアだったのか、既に僕にはわかりかねる予感がするが・・頑張って読もうとしてみよう。

 

1月19日(日) ワケワカメ。

 

恐れていたことが起きてしまった。今日のテーマは、何を言ってるのか全く理解できなかったのだ。

 

そういえば【フェルマーの最終定理】や【宇宙創成】はすごく面白く読めたのに、【暗号解読】はそういう印象がない。

 

恐らく「理解できなかった」という感覚を、和訳でも強く感じたためだろうと思う。解らないとは、こんなにもつまらないのか。

 

不思議な角度だが、今の仕事にも活かせそうな、そんな手応えだったと思うことにする。

 

では今週はこの辺で。

 

 

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