今日は、曲がりなりにも「終わり」を決めることで、自分のメンタルに生じたポジティブな変化について記録しておこうと思う。自分でも興味深いと感じたためだ。
去年の記事でも触れていたが、これまでは2025年3月、つまり今から2か月後に独立を告げようと考えていた時期があった。(この無謀さはむしろ愛しいのだが)
しかし、それは見通しが甘く、どれだけ楽観視してもやはり現実的ではなかったと思う。無知の勢いゆえに立てた計画に過ぎなかったのだ。
だが、今感じている手応えは、それとは少し異質である。2026年3月に今の役職を交代するという方針は我ながら現実的で、心が躍るような感じも伴っているためだ。
今の役職を「僕の一つの姿」とするならば、それを退くことは、校舎長であるという僕の分人の死を意味する。2026年3月とは、予定された命日なのだ。
ただしそうやって終わりを定めたことで、不思議となぜか心が静まり、地に足をつけた思考ができて、淡々とそれに向けた努力を開始できているのを自覚している。
今日はそんな話を書いていこう。
終わりとは、なんと優しいのだろう。
大げさなのだが、自分で勝手に自分の区切りを決めて以来思い出すのは、宣告された余命を受け入れた人々の話だ。
もちろん彼らは純粋に体調が悪いゆえ、それの辛さはさすがに隠し切れない様子なのだが、それでも残された日々を大切に生きるという丁寧さが、とても胸を打つ。
恣意的に選んでいるだけという気もするが、最初から最後まで死の運命を受け入れず、現状から逃げ続け、後悔と絶望の中死んでいく、という人の話はあまり耳にしない。
なぜ死が現実味を帯びた人たちは、あんなにも安らかに、するべきことを見定められるのだろうか?同じことは、幕末のような、死が身近だった人たちの言葉にも感じる。
―浅薄な仮説だが、一つ思っていることがある。人生はいつ終わるか分からないが故、そもそも本質的には希望と同時に不安の塊だ。
しかし終わりが定まると、そこから逆算した現在の決定が可能になり、そのことが安心感や心理的安定をもたらすのではなかろうか、と。
僕もまだ皆に、次年度で区切るという自分の決定を発信しているわけではないのだが、一つのお守りとしてこの決めごとを抱えていると、本当に強い安心感さえ覚えている。
もう僕が前面に立って、黒板に指導を書くような仕事からは卒業したい。今後は”さらに大きな貢献を果たすため”、校舎全体の裏方として力を尽くし、成果を示したい。
最も建設的に自分にとどめを刺すために、今この時があるのだろうという発想に至る。僕はこのままだらだらと、指導ばかりしている自分をこれ以上許せないのだ。
もちろんまだまだ努力は続けるし、今受け持っている授業をポーンと捨てて、自分のわがままを通す気はない。自分の分人は、丁寧に”殺さないと死なないのだ”。
とはいえ、終わりを心の底から納得した状態で見据えることが、自分のメンタルをこんなにも穏やかにしてくれるとは本当に驚きだ。
僕には昔からそういう節がある。終わりを意識せざるを得ない状況下にある人たちを、なぜだか僕は「うらやましさ」をもって見ていたのだ。
だから鈴木おさむ氏の「仕事の辞め方」も、参考にするとかそういうのもあるが、その境地にある最中のメンタルを事細かに知りたかったから、というのが大きい。
この思考・感情は、自分がきちんとやり遂げた暁には、それに紛れて完全に消えてしまうだろう。だからここに、ひとつの記録として残しておく。
では今日はこの辺で。