今日のテーマとして、僕にとっての「不安」に関する内省を、さらに掘り下げてみる。そもそも論だが、僕は人と比べて不安を感じやすい性質だという自覚がある。
しかし、その不安に対する解像度が高いかと言われると、むしろ平均値より低いのではないか。変な話だが、天賦の才がある部分ほど、言語化が追い付かないのと似ている。
とはいえこれまで、不安に関する自分なりの仮説はいくつか立ててきた。そして思い返しても、そのそれぞれが、実態と大きく乖離している気はしていない。
例えば不安を覚えるのは準備不足を知らせる信号であるとか、不安と好奇心はほぼ同じ性質で、場合によっては建設的に活用できるとか。
こうした点については自分なりに納得してきたものの、すべての起点に当たる、「何をもって不安が発動し、それが強まるのか」という部分は完全には、理解できずにいた。
過去にがっつり調べた際は、「デフォルトモードネットワーク(DMN)」という脳の機能が悪さをしている、といった話に行き着いている。
これが活性化すると不安感が強まるという原理を知ったのだが、そもそも何がそのスイッチとなるのかまでは、その際は特定できなかったのだ。
しかし最近、本当にふと、そのスイッチに該当するものについて、新たな仮説が浮かび上がった。それが頭から消える前に、ここで記事にしたためたいと思う。
矛盾こそ起爆剤。
その仮説とは、「頭の中で考えていること」と「実際に行動していること」が一致していないときに、不安が強まるというものである。
この状況は、さらに言うなら苛立ちもセットで伴うことが多い。自分の認識と行動の矛盾に対し、不安になり、イライラする。この構図が見えたとき、色々と繋がった。
例えば、休日に仕事の連絡が来た際、仕事に意識を引っ張られながらも、実際には家の外で遊んでいるなどして、休日らしい時間を過ごしているものだ。
意識は仕事に向いている。しかし現状をすぐに切り替えることはできない。釣竿を仕舞い、防波堤でパソコンを出して仕事をするわけにはいかないのだ。
やはり、このズレこそが不安や苛立ちを生むのだと考えると、非常に納得がいく。だからこそ、不安に囚われにくくする第一歩は、このスイッチを御すことにあるだろう。
ただ、このような不安に対する僕の対処法は、既に二つ用意してはいる。一つ目は、認知行動療法などでもよく言われるように、不安の対象から意識をそらすことだ。
しかし、この方法は僕にとってあまり効果的ではない。意識を逸らすことが重要だと多くの本やブログで読んできたが、どうにも自分にはしっくりこないのだ。
だからメインで採用したいのはもう一つの方法であり、それは、「思考」と「行動」を一致させることである。
たとえば、家で着替えをしている時に仕事のことが頭に浮かんだ場合、仕事に意識を向けるのではなく、今している着替えを効率的に終わらせることを考えるのだ。
つまり、今やっている行動に意識を集中させることで、思考と行動を一致させるのだ。それが片付いたら、改めて未来の行動に意識をシフトすればいい。
ここまで考えることで、仏教哲学などの方々で言われる、「今ここ」に意識を向けることの重要性とその理由が、自分の中でさらに明確になったように思う。
ということで、最後にまとめよう。僕にとっての不安のスイッチは、「頭で考えていること」と「実際の行動」が一致していないことにある。
それを意識の力で制御し、言行ならぬ思行一致を日頃から目指すことが、僕なりのメンタルの安定に寄与してくれるのかもしれない。
この気づきを活用して、より良い状態を目指し続けたい。では今日はこの辺で。