次の洋書をどうするか、というタイミングでコロナに臥してしまったため、結局何も目星はつかないまま、この問題?はしばらく放置していた。
何気なく過去に買った本の一覧を眺めていて、本当にこれまた他意はなく【Think Like A Freak】の気になった章を読み返してみたのだが、すぐに驚いた。
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内容を結構忘れているのもあるだろうが、「かなり良いことが書いてある!」と、あたかも初見のときのように、あるいはそれ以上に、感動を覚えたからだ。
だからあっさりと決めた。別に新しい本を買う必要は無いじゃないか。この本を改めて再読した方が、もしかしたら得られるものは多いかもしれない。
そんな御託を並べたうえで、以下再読ブログを改めて始めていく。
- 2月10日(月) チャイルド・ワールド。
- 2月11日(火) あの日見ていたはずの世界。
- 2月12日(水) インセンティブVSインチキ。
- 2月13日(木) 性悪説ガチ説。
- 2月14日(金) 報酬とは。
- 2月15日(土) 値踏みするなんて器が小さい、なんてのは努力を怠る弱者の論理。
- 2月16日(日) 思ったように動かないのが世の常です。
2月10日(月) チャイルド・ワールド。

子どもらしくあることは、例えば我儘に振る舞えとか、そういう表面的なことを意味しない。
とはいえ、子どもらしくあることがなぜ、そういった我儘な言動と紐付くのかは、知っておいて損はない。
曰く、単に正直だから、らしい。したくないことは、しない。つまらないものは、そう表明する。忖度なんてくそ食らえ。
そこまでバイアスを削ぎ落とし切った先にあるのが、子ども特有の素直な世界観ということらしいのだ。
純粋な「なぜ?」と、「どうすれは楽しくなるだろう」を追求する在り方。確かに面白そうだと僕も思う。
2月11日(火) あの日見ていたはずの世界。

必要に応じて、自分の中の子供の部分をアクティベートさせる。物事を違った観点から観察するひとつの大事な心掛けだ。
偏見、忖度、価値観、文化。そういったフィルターから完全に切り離されることは多分無いのだが、自覚することは多分可能だ。
それにそもそも論だが、僕は大人になっても幼稚な部分を隠そうともしない人は、迷惑になるとかじゃない限り好印象だ。
単に自分が無理なく憧れられるモデルケースな気もしていて、子どもらしさという言葉はやはり好きだ。
2月12日(水) インセンティブVSインチキ。

人を動かすものはつまるところインセンティブ。罪を犯せば途方もない期間を刑務所で過ごすことになっているのも、ある意味抑止力としてそれを用いている好例である。
もちろん良いことをすれば報酬がもらえると、それが一番嬉しい。だが、悪いことをしなければ罰を受けないというのも、それはそれで嬉しい。
だからインセンティブの設計と、それがどう機能するかは、為政者と言ったら大げさだが、何かしらの集団を管理する者として、絶対に欠かせない観点だと言われている。
その設計を間違えると何が起こるかというと、そのルールを逆手にとってインチキをし、一方的に利益を得る存在が出てくるのだ。
恐ろしい話だが、中国の事件で、女児を車で跳ねた男が、その後何度も車を動かして”トドメを刺した”という事例がある。
これはなぜかというと、過失致死の”方が”、生涯にわたって慰謝料を払うよりも”安くつくから”なのだ。それゆえに生まれたこの怖すぎる行動。色々と辛い。
2月13日(木) 性悪説ガチ説。

なかなかに世知辛い話なのだが、あなたが森を散歩しているとき、以下のような立札を見かけた際、どう思うだろうか。
この森の木や鉱物は、天然記念物です。かけがえのない、貴重な自然からの贈り物です。二度と作られない稀少な物なのに、年間で何百kgものそれが盗まれています。
限りある資源を守りましょう。
―こんな看板を設置している森において、フェイクの鉱物などをわざと道に落とし、それが”どれくらい盗まれるか”ということを、別のところと比較実験した話がある。
それによると、上記のようなメッセージを示している方が、何倍も盗まれる結果になったのだそうだ。そしてその理由こと、本当に世知辛い。
それは、「もう毎年たっくさんパクられてんなら、今更俺が一つ持って帰ってもいいっしょ」という風に、「みんなやってるよ」という安心感を与えてしまったそうなのだ。
善意におもねるタイプの警鐘は、真逆の意味・感情を相手に想起させることがある。インセンティブの身もふたもなさがよくわかる好例ではないかと僕は思う。
2月14日(金) 報酬とは。

報酬設計が一番難しいものこそ、僕は勉強だと思っている。あんなにダイナミックさに乏しいくせに、社会において大事とされるものはそうそうないとさえ思っている。
しかも苦手な子からすれば全く成長も手ごたえも感じられない、いわば才能がほぼ全てゲーなので、僕もなかなかやるせない気持ちになることが本当に多い。
そんな中でも、どうインセンティブを設計し、それに向き合ってもらうべきか。ここには色んな手がある。賞でも罰でも、行動と結果になればつまりインセンティブなのだ。
今は定期考査真っ最中であり、勉強”させないと”色々マズい時期に入ってきた。手を選んでいられないが、同時に逆のそれにならないよう、気を付けようと思う。
2月15日(土) 値踏みするなんて器が小さい、なんてのは努力を怠る弱者の論理。

あるミュージシャンの面白い逸話が紹介されていた。彼はとあるお菓子の少し限定的な味が好きで、その素晴らしさをインタビューや著書などで何度も喧伝しているという。
それなのに、いざコンサートの依頼があって会場に行き、控室へ入ってみれば”それが無い”ときは、彼は主催者を見下げるのだという。
「こいつは演者のことを調べる努力さえ怠る程度のプロ意識しかないのか」という風に。となると機材の設定もおざなりだろうと、念入りにチェックするようだ。
これは器が小さい話だろうか。僕はとてもじゃないが、そうは思えない。見下げられる側の問題だし、反省しなければならないと思う。
相手のことを調べないというのは、ただの失礼千万の極み。こんなリスクマネジメントもあるんだなと、襟を正そうと思わされた。
2月16日(日) 思ったように動かないのが世の常です。

経済学を勉強していて一番面白いなぁと思う瞬間は、世の中の声って大体間違ってるんだな、というのを実験や研究を通じて思い知るときだと思う。
例えば子供に特定を行動を促す(例えばおまるでトイレをさせる)際にお菓子をあげるとすると、それはそれでいい行動に”繋がる気がする”が、実際はどうか。
これは著者の例なのだが、「数滴用を足してお菓子をねだり、またちょっと時間が経ったら数滴用を足してお菓子をせしめ・・」という風になったそうなのだ。
これと同じことは、僕は最低賃金や消費税をめぐる議論でも同じだと思っている。僕はこのトピックを感情論で語る人と空間を同じくしたくないのだが、皆様はどうだろう。
では今週はこの辺で。