精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【英文読書ルーティン日記217】”Think Like A Freak”再読感想ブログⅢ ~物語を語れ!逸話は要らぬ!~

再読ということで、頭から丁寧に読むというより、思いきりスキャニングして、自分が引っかかったところだけ重点的に拾う、というやり方に切り替えている。

 

広範に読み直しができる分、「あ、そういうこと?」という気づきが得られたり、「今の俺にはこの考えが要るじゃん」と思えたりするので、そこが素直に面白い。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

ただし運が悪ければ数分スキャニングに徹しても何一つ引っかかるものが得られない・・ということがあるのだが、それは新書を読んでいても同じことだと感じる。

 

だから今週も進度重視で、再読ブログを改めて読んでいく。

 

 

2月17日(月) ビール合議。

 

相手の利益とこちらの利益を一致させる。これはサイコパスの思考をまとめた本にも書かれていたヒントだ。

 

今回もそんな逸話があった。ある工場では、ランドリーを装い、違法に武器を製造していたのだが、突如として軍の人間が監査に来るというリスクを抱えていた。

 

ある日も武器製造の機器を搬送している最中に軍の人間に遭遇しかけ、そのときは咄嗟に別室でビールを振る舞い、それを躱したのだという。

 

後日その人から「ビールがぬるい」とクレームを受けた武器工場側は、それによって一計を案じた。

 

事前にお越しになる時間帯を伝えてくれれば、キンキンに冷やしたそれを用意すると交渉したのだ。

 

オフィサーは旨いビールが飲めるとあって喜んで受け入れ、そして工場側は、かなり高い精度で監査の目が入るときを知れるようになったのだ。

 

なんとも綺麗な、めでたし、めでたし……という話である。

 

2月18日(火) 秀才のダークサイド。


環境問題でも最低賃金でもなんでもいいのだが、そういったデリケートなトピックにおいて、意見が過激かつ極端な人たちがいる。反対陣営は殺してもいい、みたいな。

 

そういう人たちは、知性が高いのか、低いのか。一応差別主義者は押しなべて知性が低いという悲しい研究を聞いたことはあるが、この場合はどうか。

 

研究を設計した教授は、「低い」から極端なのだと予想した。だが実際は逆で、ペーパーテストの結果、点数が良かった人ほど極端な意見だったそうなのだ。

 

その理由として、俺は周りより勉強していて、周りより豊かな体験をしているから、賢い。ゆえに俺が見ている世界が正しい、と思い込みがちなのだという。

 

生徒からも時折、受験勉強をしているというそれだけで頭が良いマウントを取ってくる鬱陶しい同級生の被害報告を受けるが、そことのつながりを感じる嫌な話だった。

 

―余談だが、そのテストの中身は、ぶっちゃけ僕でもわかるような算数・理科リテラシーを測るものだった。大体以下の内容だったが、皆様はわかるだろうか。

 

① さいころを2つ、同時に転がす。それを1000回試行した際、同じ目が出る数は大体どれくらいだろうか。

 

② 鉛筆とノートが売ってある。2つ合わせたら110円で、ノートは鉛筆より100円高い。この2つはそれぞれいくらだろうか?

 

思うに、中途半端にテストができて、かつそれに自信を持っている奴がめんどくさいという、それだけなんじゃないかなと、僕はとりあえず納得している。

 

2月19日(水) 頭にきても論破するべからず。



 

説得。これはどちらかといえば論理的思考力云々のスキルというより、相手の観察とバイアスへの知識が重要となる。

 

論理的に正しければ相手は納得するかというと、むしろその逆、論破されたと根に持って、面倒過ぎる返しをされる可能性の方が高い。

 

その辺りの機敏を察するプロは、いわゆる詐欺師やサイコパスだ。彼らの見ている世界は、何よりシビアに説得の先にある。

 

説得によって何を成したいか。そこに向かって相手の下心をくすぐるなどの手さえ使う。説得はただのツールなのだ。

 

そのくらいが説得に対する距離感として、一番ちょうどいいのかもしれない。

 

2月20日(木) 対立陣営を知る目的とは。

 

対立陣営の意見を必ず踏まえて議論に臨めとよくいわれる。その意味は、わかるような、わからないような、という手応えであった。

 

だが今回ふと気づいたのだが、相手を納得させたり、また議論としての完成度を高めたりするためにも、相手の主張を知ることは非常に大切だ。

 

例えば自動運転システムは、ヒューマンエラーを理論上ゼロにし、飲酒運転といった愚行もこれまた撲滅できることとなる。

 

ただし同時に、自動運転システム自体のハッキングであったり、運転作業に従事する人たちの仕事を奪ったり、というリスクもある

 

しかしながら、それらをクリアする方法を考えれば、議論はとても建設的になりそうな気がする。少なくとも感情論は避けやすくなるだろう。

 

自説を深めるためにも相手陣営の立場を知る。相手のことを理解して慮ろう、という牧歌的な狙いよりも、よりシビアな目的が垣間見える。

 

2月21日(金) 説得すんな、ストーリーを語れ。

 

同じ「物語」という役を持つ言葉に、「story」と「anecdote」という英単語がある。説得を進めるには、前者が大事で、後者はむしろ要らない側なのだという。

 

では、この二単語の差は何か。ChatGPTに尋ねてみた。

 

1. story(ストーリー)を語るべき理由

起承転結がある → 聴き手が引き込まれる
感情の起伏がある → 共感や感動を生む
メッセージがある → 何かを伝えられる

  • ストーリーは、出来事がつながり、変化や成長を生む。
  • 聞く側の心に残りやすい。
  • 例えば、「昔は失敗ばかりだったが、努力を重ねて成功した話」はストーリー。

🔹 :「ある少年が、ずっとスポーツが苦手だった。でもある日、友人の励ましで毎日練習を始めた。最初は全然ダメだったけれど、努力を続けた結果、試合で決勝ゴールを決めた。」

 


2. anecdote(アネクドート)を語るべきでない理由

単なるエピソードで終わり、広がりがない
聞いた側の印象に残りにくい
教訓やメッセージが薄い

  • 逸話は、短い「面白い話」「ちょっとした出来事」にすぎない。
  • 物語としての厚みがなく、感情の動きや成長が少ない。
  • 例えば、「ある日、友達と面白い出来事があった」だけではストーリーにはならない。

🔹 :「昨日、友達とカフェに行ったら、有名な俳優がいた。驚いたけど、特に話しかけずに終わった。」


結論:「ストーリーは人を動かし、逸話はただの小話」

この本の教えの意図は、
✅ 「ちょっとした小ネタではなく、意味のある物語を語れ
ということだと考えられます。

ビジネス・プレゼン・スピーチなどでは、短いエピソードではなく、

  • 変化や成長のあるストーリー
  • 聞き手の感情を動かす話
    を語ることで、より強いメッセージを伝えられる、ということですね。

 

ここの差は曖昧だが、確かにこれらを比べると、例えば徒然草はひとつひとつがanecdoteという感じがする。だが時折、共感を覚えればstoryに転ずる。

 

深いところで共通点を探るならば、つまり相手と自分のつながりを見抜き、そこと紐づけることがドミノの一枚目ということだろうか。

 

説得において、その狙いが透けて見えるほどわかりやすく利己的であることは、既に失敗を意味しているのかもしれない。

 

2月22日(土) anecdote + 何か = story

 

ふと気づいたが、いわゆる古典とされるものは、大体がanecdoteだ。仏教哲学も聖書も論語も、ルーツはその当時の出来事や問答にあると言える。

 

だからこそ、それだけを語れても、聞いた側は”だからなに?”なのだ。その話が聞き手に何の教えをもたらすのか、話し手にとって何をもたらしたのかが無いためだ

 

逆に言えば、anecdoteに自分の体験を織り込むことで、それはstoryになるのではないだろうか。こうやって整理すると、色々なことが確かに整理できてきた

 

そういう意味では、収穫の大きい章だったと感じる。

 

2月23日(日) つまり伝わるものとは。

 

実用書を読んでいても、特に強く残るのは確かに筆者の体験談だ。あるいは他人の逸話もそうだと言える。

 

しかしながら、そのストーリーを用いて何を伝えたかったかは、意外と記憶に残らないらしい。

 

実際アメリカ圏で聖書の教えを10個述べよと尋ねたところ、大体平均は3~5だったそうだ。(ソースは不明だが)

 

その理由は聖書の内容がストーリーだからである。心には残るが、具体的なところが消えやすい。ストーリーが持つ特徴として、この点は見過ごせないと思わされる。

 

では今週はこの辺で。

 

 

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