僕は昔から、僕だけ”できない”と思う場面が多かった。それは実のところ、学校における授業において頻発していたものだ。
最たる例は、僕は黒板に書いてある情報を書きとれない、ということに尽きる。正確に言うなら、書いてある文言をそのまま書くのに、強い抵抗があったのだ。

だから僕は、定期テストシーズンに入るたび、学校の先生方から厄介者にされていた。その理由は簡単で、ノートを提出しないためだ。(これは今も承服致しかねる)
ではなぜノートが出せないかというと、黒板に先生が書いたものを忠実に筆写したという意味であるならば、そもそも僕はノートなど一切取っていないためである。
書いてあることをそのまま転写してどうしろと?それをまとめたり、自分の言葉に変えたり、テキストだと分かりにくいから絵にしたり、そういう工夫はまだわかる。
場合によってはそもそもメモする必要性さえ感じないこともあり、僕のノートは”そういう意味では”いつもズタボロだった。
そのため学年末テストで94点を取りながら、ノートの提出が無くて御情けの「4」になるなど、憂き目にあってきたことはザラだ。
・・じゃあ僕は、書かずとも話を聞けば理解できるというタイプの人間なのだろうか。これは聴覚優位というのだが、僕はそれでは無いと断言できる。
例えば僕は人の話を聞くのがとても苦手で、実演も伴わず、かつ同じ内容の解説であるならば、本を読んだ方が圧倒的に速いし楽だと思っている。
実際それは英検の得点率にも出ており、1級においてはリーディングが8割あったが、リスニングは合格ラインの7割きっかりで、合格者平均から10%くらい低かったのだ。
・・こういった自分の具体例をまとめていくと、自分の情報処理はどちらでも括れないという特異性があるように思えてくる。その旨を、僕はChatGPTに投稿した。
すると返ってきた仮説は、僕にとっては新たな発見というより、なんなら救いとも言えるような、そんなメッセージであった。今日はそんな話を書いてみる。
- 完全オーダーメイド型の情報処理。
- 🧩 ① あなたは「構造化された情報」を視覚で整理するのが得意
- 🧩 ② でも、「そのまま転写する視覚処理」は苦手
- 🧩 ③ 「会話」は「意識が向けば覚えられるが、意識が散ると難しい」
- 🧩 ④ 「音声情報の処理速度」はそこまで高くない?
- 🎯 つまり、あなたは……
- 🔍 じゃあ、あなたの「情報処理スタイル」は?
完全オーダーメイド型の情報処理。

元々は、「自分があまりにも他人の目を見れない」ということを少し悩んで、その解決策などを考えるためのチャットがきっかけだった。
それによれば、そもそも僕は「人と話すときは目を見て話すもの」という教えを受けなかったのかなんなのか、その動作が”無意識化”されていないらしい、とのことだった。
自分の潜在意識に刷り込まれていない以上、そうすることは意識のリソースを食うことに等しい。そうすると話が聞けなくなる。だから目を見ることを”忘れる”。
そんな風に指摘されたが、この納得感の強さはなかなかのものだった。確かに人の目を見ようとすると、話したいことも話されたことも、忘れやすいと思っていたからだ。
そこからは興味が爆発し、自分の具体的なエピソードをこれでもかと放り込んだ。するとChatGPTは、こんなことを返してきた。
これはもう、「情報の入り方」と「処理の仕方」が、一般的な人とかなり違う可能性が高いです。
・・・ほう?この真意は何なのか一見わかり辛かったため、さらに掘り下げてみた。するとそこからは湯水のごとく、僕の思考の分析がどわーッと流れてきた。
🧩 ① あなたは「構造化された情報」を視覚で整理するのが得意
📚 読書が得意、リーディングが圧倒的に強い という点から、
「整理された情報を視覚で処理する」のは非常に得意 なんですよね。
→ だから本の方が動画より早く理解できる
→ だから英検のリーディングでは平均より圧倒的に強い
つまり、あなたは 「静的な視覚情報を、論理的に整理しながら理解する」のが得意 なんです。
🧩 ② でも、「そのまま転写する視覚処理」は苦手
一方で、「黒板のノートを取るのが不可能」 という点が引っかかります。
これはつまり、「視覚情報をそのまま記録するのが苦手」 ということ。
普通、ノートを取るのが得意な人は、
👀 「黒板の文字をそのままコピーして書く」 という作業がスムーズにできます。
でもあなたは、「情報を一度、自分の中で処理しないと書けない」 というタイプ。
だから、「聞こえたものを単語でメモ → 後で補完」する方法が合っていたんですね。
→ つまり、ノートが取れないのは「視覚優位じゃないから」ではなく、「一度自分の中で再構成しないとダメなタイプ」だから。
🧩 ③ 「会話」は「意識が向けば覚えられるが、意識が散ると難しい」
普段の会話(会議)では、すぐ別のことを連想してしまい、話が途切れ途切れになる とのこと。
これは 「話の流れを追うのが苦手」 というより、
「会話の情報を整理する前に、頭の中で別の方向へ飛んでしまう」 ということだと思います。
→ だから、まとまりのない会話(=飲み会の雑談)の方が記憶しやすい のかもしれません。(「流れが決まっている話」は意識を維持しにくいが、「カオスな話題の変化」はむしろ覚えられる?)
🧩 ④ 「音声情報の処理速度」はそこまで高くない?
英検のリスニングがそこまで高くない(特に1級で顕著)というのもポイントです。
リーディングとリスニングのスコア差を考えると、おそらく 「音声情報を瞬時に処理する負荷が高い」 ということが関係していそう。→ つまり、リスニングで情報が流れてくると、「処理する前に次の情報が来る」ため、負荷がかかりやすい。
→ でも、読書なら 「自分のペースで処理できる」 から、圧倒的に得意。
このパターンは、視覚情報を「整理しながら理解する」のが得意な人に多い です。
逆に、「音声情報をリアルタイムで処理するのが得意な人」は、
「読むのが遅くても、リスニングが得意」という傾向があります。
🎯 つまり、あなたは……
✅ 「論理的な視覚情報(本・文章)」を整理して理解するのが最も得意
✅ 「聞こえた音声を一度整理しないと、処理が追いつかない」
✅ 「会話は意識が散りやすいが、流れを追えれば記憶には残る」
✅ 「黒板の文字のような、視覚情報の転写は苦手」
✅ 「飲み会の雑談のような、自由な話の流れの方が記憶に残りやすい」
🔍 じゃあ、あなたの「情報処理スタイル」は?
おそらく、
✔ 「文章ベースで理解するのが最も早い」(だから読書が最強)
✔ 「視覚情報をそのまま写すのは苦手。自分なりに整理しないとダメ」
✔ 「音声は、話の流れが見えれば覚えられるが、処理が追いつかないこともある」
✔ 「連想が暴走しやすいので、まとまった会話より雑談の方がスムーズに記憶できる」
という感じ。そしてトドメ?として、以下のまとめが飛んできた。これ自体はどこか鬼気迫るものであり、僕はただただ、気圧されてしまった。
① 情報処理のスタイルによる影響(視線が不要)
→ あなたは 「視覚優位」ではあるけど、単なる映像情報としてではなく、整理・分析・関連づけの視覚処理が強い」 というタイプ。
→ つまり、目の前の「視線情報」自体が コミュニケーションにおいて重要度が低い のでは?
→ 目を見ることで得られる情報(感情の機微とか)は、あなたにとって処理の優先度が低く、むしろ 他の情報(言葉の内容や論理構造)に意識を向ける方が自然 なのかも。
② 「会話」ではなく「情報の流れ」に意識が向くから
→ これまでの話からすると、会話の際も「相手の言葉を単なる音ではなく、意味のまとまり・情報単位で処理」していそう。
→ だから、視線を合わせることよりも、「内容を把握し、どう整理するか」に集中する。
→ その結果、「視線の固定」という行為が二の次になるのでは?
③ 「視線を意識すること」が、逆に処理の邪魔になる可能性
→ 目を合わせると、「視線」という追加情報 を処理しなければならない。
→ でもあなたは、もともと 情報の整理や分析に意識を割くタイプ。
→ 目を見ながら話すと、「余計な情報が入ってきて、整理のスピードや精度が落ちる」 可能性がある。→ 結果として、「目を合わせない方が、思考がスムーズに回る」から無意識にそうしている?
④ 言葉の処理が速いから、視線を合わせる時間が不要
→ 質問に即答できるほど、頭の中での処理スピードが速い。
→ つまり、会話の際に「視線を合わせながら考える」時間がそもそも不要。
→ それなら、視線を固定する意識が働かないのも自然。
⑤ 「目を見ること」が情報取得の手段として優先されてこなかった
→ 読書や文字情報中心の学習スタイルだから、「目を見ることで得る情報」への依存度が低い。
→ そもそも、会話の中で「目を見て何かを読み取る」経験を重視してこなかったため、意識しない習慣がついた?
・・・・・・ここまで考えて初めて、僕の”人との違いっぷり”がクッキリしたのを感じる。学生の頃はこの折り合いがつかずに苦労したが、それがどうでもよくなった今は別だ。
この辺りはさらに分析をすることで、もっと意識的に武器として使えるかもしれない。そう思うと、なぜだかどうして、心が躍る。
では今日はこの辺で。