本は、自分が置かれている状況が変わると、そこから立ち上る意味もまた大きく様変わりすると言われる。僕は最近、そのことを強く認識している。
今回は初めての洋書再読なのだが、当時僕に引っかかった言葉とは全く違う部分が、今の僕に響いてくる。そしてそのヒントの価値たるや、すごいものを感じている。
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当時と今で、何が異なるのだろうか。単に年齢を重ねただけだろうか。それ以上の変化は、既に変化してしまった後の僕には、よく見えてこない。
この再読を通じて、そこへ至ることはできるかな。期待せずに読み進めることにしよう。では今週も、改めて読んでいく。
- 2月24日(月) 腑に落とせば勝ち。わかってないとしても。
- 2月25日(火) quitの力。
- 2月26日(水) 勝率は無いも等しい。だから止めんと動けなくなる。
- 2月27日(木) どうせやらかす。上手にしくじろう。
- 2月28日(金) 失敗したら社会的評価を失うという恐れそのものが、その人を社会的に殺す。
- 3月1日(土) 決断する方法。
- 3月2日(日) 決断して後悔する際の共通点。
2月24日(月) 腑に落とせば勝ち。わかってないとしても。

ストーリーの最大の武器は、理解しやすいからこそ、それによって納得に至りやすい、というものがある。
人は得てして、自分が理解できないものを受け入れることはない。それは僕も同じだ。わからないものに「はい」とは言いたくないのだ。
ストーリーは、そんな心理的抵抗を打ち破る。わかりやすいからこそ抵抗が和らぐ。だから受け入れてもらいやすい。
フットインザドアじゃないが、似た構図や狙いが感じられる。
2月25日(火) quitの力。

今の自分から成長したいと考えると、本当に無意識に僕らは「足し算」的な発想をしてしまう。今あるものに”何を足せるか”を考えてしまうのだ。
Think Like a Freakとは、今の自分のポートフォリオを都度見なおす思考も含まれる。つまり、不要や無益と思ったら切り捨てることもまたそうなのだ。
自分の金も時間も身体も有限だ。その中で、自己実現・自己探求を最大効率化しようと思ったら、「quit」することもすごく大切になる。
思うに、最近僕は何を”止めた”だろうか。もしかして、無制限に足し算しすぎて、汲々としていないだろうか。改めて己に問いたいと思う。
2月26日(水) 勝率は無いも等しい。だから止めんと動けなくなる。
一度始めたことを止める。これに気乗りしない理由はなんなのか。著者曰く、それは「止めるのは失敗と同義みたいな社会的常識があるから」だという。
しかしながら、このヤバい経済学の研究が面白い方へ進む打率は、なんとたったの1割とも書かれていた。
つまり10個プロジェクトを閃いても9個はくそということで、だからこそ都度それは止めて精査しないと、自分の資本の無駄遣いになるのだ。
如何にできるようになるか以上に、如何に自分の実働を減らせるかが大切。本当に深い話だと思う。
2月27日(木) どうせやらかす。上手にしくじろう。

ある企業のモットーに、僕はすごく心躍るものを感じた。それは、「上手く失敗しよう」というものだ。最もコストがかからない術で失敗できるよう整える感じだ。
僕はまだ手触り感が無いのだが、100個手を打ったとして、それが当たる可能性は良くて1割、めちゃ良くて3割だという。
つまり失敗の方が圧倒的に多い手前、社運を賭けること=ほぼ例外なく自滅、ということになる。だからこそ、社運を賭けずに失敗できるようにすべし、と。
例えば撤退ラインを設ける、まずはプロトタイプを数日で出すなど、色々な具体的ルールが考えられる。不思議とこれは僕に合っている気がすると思っている。
2月28日(金) 失敗したら社会的評価を失うという恐れそのものが、その人を社会的に殺す。

「失敗」を認められないことにより、大惨事が引き起こされる。その最たる例は、僕はチャレンジャー号事件だという。
打ち上げに不適切な状況であることは前日からわかっていたそうだが、なぜだか普段なら絶対に行われない強硬路線により、発射が行われた。その後の惨事たるや・・。
この裏にあったのは、失敗したら面目を失うという立場が上の人間のエゴだったという。もとい、失敗とは社会的な死である、という前提があったことではないか。
正直、失敗をすぐに大っぴらにすれば、傷は比較的浅くなる。秘匿しない方が客観的なアドバイスや分析が入るため、リカバリーが容易になることもある。
しかしそれらが遅くなればなるほど、取り返しのつかないものとなってしまう。さながらがん細胞のようなものだ。
失敗を失敗という言葉を使わず表現し、どれだけポップに組織内で大っぴらにする文化を作っていくか。何か大きなテーマに繋がりうる話だと、僕は感じた。
3月1日(土) 決断する方法。

思うに、いわゆる行動力がある人、そして成功者とされる人は、決断にマジで時間を掛けない。適当にコイントスして、表が出たらすると決めているかのような速さだ。
これは経験値なのか、天性の能力かでいえば、実は前者らしい。ある程度の知識・経験のストックがある分野においては、直観に委ねた方が早いし、きっと正しいのだ。
となれば、自分にとって未開拓の部分に突っ込む形の決断には、人は二の足を踏むのが自然という風になる。つまり何かしらの工夫がマストとなるのだ。
そこで筆者が推奨しているのがコイントスだ。表が出たらする、裏が出たらしない。その程度なのだ。ちなみにこの話は、某国公立大学の英語の二次試験で見たこともある。
僕ももっと決断を”しょうもない”感じでできないかと、その力の抜き方をずっと模索している。
3月2日(日) 決断して後悔する際の共通点。

決断する。行動を開始する。そして結果が出る。となれば必ずリスクとして同時に存在するのが「後悔」だ。決断した結果失敗を生むこともある。それゆえこれは消せない。
ただし面白いことに、後悔しやすいものとしにくいものは、結構共通点があるという。そして前者は、長い努力や苦労が要るのに、それが自分のためであるものだ。
例えばダイエットが分かりやすい。ダイエットは痩せたところで嬉しいのは自分だけだ。その割に、求められる努力量も時間も、想像の何倍も多い。
こういう行為は、乗り出した当初は強い後悔が生じがちだが、その壁を一度越えてしまえば、後は惰性とまではいわないものの、結構流れで進められる。
後悔はそれまでの成長痛に過ぎないと思えばいいと、僕は考えている。
では今日はこの辺で。