今日は、自分の苛立ちの原因について、改めて考えたことを整理してみる。あくまで仮説の段階であり、根本的な解決策ではないことは、あらかじめ断っておくけど。
僕は、自分で言うのもなんだが、やはり割と短気な方だと思う。理不尽な会議を入れられたり、予定を狂わされたりすると、かなりわかりやすくイライラする。
今年で34歳になるのだが、未だにゲームで負けるとか、釣りをしていて糸が絡まるといった些細なことでも、感情的な小爆発といえるくらい腹が立つことがある。
一方、普通苛立つ場面が平気なこともある。例えば、飛行機のフライト中に6時間くらい隣席の赤ちゃんに泣かれたことがあるが、普通に読書を楽しめたほどだ。
つまり、自分の苛立ちのトリガーが何なのかが分かりにくく、以前から「この感情の正体は何なのか?」と常々考えていた。
そんな中、あるとき突然「もしかして?」と思うきっかけを閃いた。それを深掘りしていくうちに、突然ある仮説が浮かび上がった。
今日はその仮説を基に、以下記事を書いていこう。
隔たりが生む苛立ち。
それは、理想と現実の間にあるギャップが大きいほど、苛立ちを感じやすいということだ。 例えば、以前「シャワーを浴びているとイライラする」と書いたことがある。
これまでは「シャワー中に仕事のことが頭をよぎるから、それがストレスになっている」と考えていた。しかし最近、それは少し違うのではないかと思い始めたのだ。
シャワーを浴びているという現実と、仕事をしていたいという意識。その意識のズレこそが、最たる問題なのではないか。
頭の中では仕事モードなのに、実際には何もできていない。目の前にタスクがあるのに、実際は何も進んでいない。このこと自体に苛立っているのだと思う。
実際、キャンプ帰りの温泉など、急ぐ必要のない場面では、まったくイライラしない。これは、理性も感情も「今は休んでいい」という意見で一致しているからだろう。
さらに言えば、僕の理想の自分は「完璧に仕事をこなす存在」だ。しかし、現実には抜け漏れが出ることがある。
そのときの僕は、理想像の位置から乖離している。そう、ギャップだ。理想と現実の差。それを知覚するとき、やはり僕はストレスを覚えるのだろうと思う。
これらを総合すると、やはり僕は、理想と現実のズレが大きいほど、苛立ちが生まれるという傾向が見えてくる。
そして、ほとんどの場合、間違っているのは「感情」のほうだ。ただの反応なのだから、それに正解を求めること自体が歪んでいるというのは、確かにそう思う。
改めて考えると、シャワーを浴びているときに仕事のことを浮かべ、「仕事をしていない自分はダメだ」と思うのは、冷静に考えればとてつもなくおかしい。
だが、頭では分かっていても、この感情は簡単には消えない。というより、ロボトミーをしない限り、人の頭から感情は消えないのだ。
このギャップをどう認識し、どう意識的に埋めるかが、僕にとってのオーダーメイドされたストレスマネジメントになりそうだ。
こうした潜在意識の癖を矯正するには、【アンラーン】にも書かれていたが、とてつもなく時間がかかる。
何度も繰り返し意識し、少しずつ修正していくしかない。完全に無くすのは不可能なのだが、少しでもズレを減らせば、それだけでストレスも軽減されるはずだ。
長い戦いになりそうだが、それでも向き合う価値はあるだろう。 しっかり取り組もうと思う。では今日はこの辺で。