今日は感情を切り離して物事を考えることについて、新たな観点からその重要性に気づいたことについて記事を書いてみる。
以前、少し触れたかもしれないが、今は感情的に対処していると仕事は終わらないし、ストレスが溜まり続けるという、ある意味ヒリついた忙しさに身を置いている。

そのため、今は忙しい状況の中でなるべく淡々とシンプルに物事を考えることに集中しているわけだが、その結果、感情を出すことが面倒に感じることさえ多くなっている。
スポーツで言えば、基礎的な動作を繰り返し練習することで、無駄な動きが省け、集中力が高まるような感覚に近い。反復が単に、僕の意識を塗り替えたのだ。
さて。このような思考方法にある意味無理矢理変化したことで、感情を”切り離す”とはどんな状態を指すのか、最近また一層腹落ちした気がしている。
その感覚を忘れる前に、以下言葉にして残しておく。
感情を切り離すことの意味。
僕にとって、感情を切り離せた状態とは、物事を客観視できている、つまり主観的ではない状態だと考えている。
主観的に物事を見てしまうと、実際の問題よりも遥かに複雑で、面倒で、かつ重大なもののように感じてしまう。これは主観バイアスがかかるためだ。
自分が悩んでいるとき、それが世界の終わりのように感じることがある。しかし似た悩みを他の人から聞くと、大抵はどうでもよく感じるものだ。
これはその人の性格が悪いとかそういうものではなく、単に人間の認識に組み込まれたバイアスによるものだ。これこそまさに、切っても切れない関係である。
そして感情を切り離すということは、この関係を認識したうえで、客観的に自分を見られている状態にあることを意味する、と思う。
「大概の悩みなど、普通取るに足らない。それは自分だって例外ではない。」—常にこの状態に身を置ければ、それこそマジで最強だ。
その状態に入り、なるべく維持するために、最近取り組んでいることがある。それは、自分に問いかけをすることだ。
例えば、感情的に面倒だ、嫌だと思った仕事があれば、自分にこう問う。「この感情がなければ、どう行動する?」—すると、不思議と冷静に、行動できるようになるのだ。
感情がなければ、何をするおか。なかなかにヘンな質問だとは思うが、これが不思議と、自分の主観バイアスを一時的に引き剥がしてくれるのだ。
感情が覆い隠しているものを一皮めくってみると、拍子抜けするほどシンプルで、具体的な行動がそこに隠れている。どんな行動をするべきかは、さほど難題ではないのだ。
実際に、【サイコパスに学ぶ成功法則】という本にも、自分の中にポジティブなサイコパス的な部分を育てるには、やはり視点を変える重要性が書かれていた。
そしてその入門スキルとして、意識的な問いかけにより、自分の感情と理性の間に線を引くべし、ということも書き添えられていた。今強く、納得感を得られている。
さて。やはり主観的に考えてしまうと、世の中は結局複雑で、何をするにもすべてが面倒であり、かつ世界を揺るがすほど重要な事件だと感じられてくる。
しかし、それは結局バイアスによって歪められた世界の話だ。度の合わない眼鏡で世界を見れば、物事がうまく見えずに不安を覚えるが、明瞭になれば真逆なのと似ている。
冷静かつ客観的に見れば、多くの問題は解決策がすぐに見える。自分の感情を切り離し、客観的に物事を見れるようになることが、すなわち成功の鍵だと感じる。
もちろん自分はまだまだ途上に過ぎないのだが、根本的な心の修行とか、あるいは具体的なノウハウを学ぶとかを通じて、もっと腹落ちさせていきたい所存である。
では今日はこの辺で。