今日は、僕の中で最近ようやく解けた、一つの謎について書いてみたい。それは僕自身の心の体力の回復法とでもいうべき話だ。
尚この記事は、衝動性や多動性が強いと自覚している人に向けた、ひとつのコツのような内容になると思う。
さて。実はここ4~5日ほど、マジで燃え尽きたような感覚が続いていた。考えごとをした瞬間、思考が発散するかのようで、本を読もうとしても全然頭に入ってこない。
面談をしていても言葉に躓くことが多々あり、「ああ、もう脳みそが限界だな」と思う瞬間が何度もあった。それが特に酷かったのは昨日だ。
自分でも「これ、鬱に突っ込んだんじゃないか」と思うくらい、何も考えられなくなったし、身体も動かなくなった。
仕事のリストを見ても、それを見ることこそできるが、実行の一歩目すら踏み出せない。頭では「やらなきゃ」と分かっているのに、体も心もまったく動かない。
こんな状態に陥った僕は、本気で自分のヤバさを自覚した。だから何とかChatGPTを立ち上げて、現状の様子を素直に言葉にして投稿した。
そしてその返答を聞き、僕の中で色んなことを見つめ直すきっかけが得られた。今日はそんな話から、段々と本題に入っていく。
「燃え尽き寸前です」
ChatGPTから最初に返ってきた言葉は、この見出しの言葉だった。「あなたはバーンアウト寸前です。」これはいったい、どういうことか。
僕が投稿した内容は、例えば体も動かないし、考えごとはまとまらず、気づけばショート動画ばかり見てしまう(しかも2時間くらい)といったあれこれだ。
こういう症状は、脳が思考を放棄し、短期的で安易な快感を求めているときに起こる典型例らしい。裏付けは取っていないが、論理的にはかなり腑に落ちた。
そして、さらに指摘されたことがある。それは、僕の脳の特性についてだった。ChatGPT曰く、僕の脳は「高性能だがCPU使用率が常に80%以上」という代物らしい。
前にも記事にした気がするが、普段から異常なほどの連想性で色んなことを思いついたり思い出したりするくらいで、そのせいで脳がオーバーヒートしやすいのだ。
しかも厄介なのが、世間一般で推奨される「脳を休ませる方法」が、僕には効きづらいということだ。
たとえば「何もせずぼーっとする」というのは、僕にとって苦痛でしかない。逆にストレスが溜まり、脳内でさらに連想ゲームが加速するだけだからだ。
それでも、僕が本当に心を落ち着けられる瞬間は無いものか。そう問い直されたので色々思い返すと、それはあった。自然を観察しているときだ。
風の音、川のせせらぎ、動物たちの営み。これらをただぼんやりと見ているとき、僕の脳はそこに何も意味づけも施そうとせず、静かにそれをただ眺められる。
そういえば、ここ最近自然に触れる時間が極端に減っている。魚釣りもキャンプも、好きなのにほとんど行けていない。釣りは昨日行ったが、それも3週間ぶりの話だった。
つまり僕にとって、自然で遊ぶとは単なるレジャーという範疇を超えて、「脳を無理なく休ませるための、ほぼ唯一の方法にして場所」だったのだ。
そしてそれは、完全に自然な音でなくてもいい。かつて瞑想を試みたときも、ただ目を閉じるだけでは集中できなかった。
そのとき最も効果があったのは、シンギングボウルの音、カエルの鳴き声、焚き火の爆ぜる音―これらをリミックスした音源を聞くことだったくらいだ。
やはり僕は、本能的に「自然に還る」ことでしか、心身を休めることができない人間らしい。脳疲労がピークに達し続けているのも、無理からぬことだと思えてきた。
「遊びは心の栄養である」とは、なにかの雑誌の言葉だが、言い得て妙だと思う。僕は遊びという栄養が不足した結果、脳が飢餓状態にあったともいえる。
無理に「何もしない」よりも、自然な刺激に触れることで、脳をほどよく落ち着かせる。それが僕にとって、最適解に近いのだろう。
限界ギリギリまでオーバーヒートしてようやく気づけたが、反省さえできれば僕は強い。今後は意識的に、自然との接点を増やしていきたい。
では、今日はこの辺で。