今日はなんとなく、今朝見た悪夢の話でも書いておこうと思う。いつ見たのか正確な時間は覚えていないが、いわゆる未明というか、眠りの浅い時間帯に、ある夢を見た。
その夢に出てきたのは、4~5年前に担当していた中3の生徒たちの顔だった。当時は今よりも生徒数が多く、校舎としても順調に運営できていた。その頃の記憶だ。

生徒たちの顔が浮かんだあと、ふと誰かの声が頭の中に響いた。そしてその声は、「じゃあ今、君の校舎には何人いて、客単価はどれくらいで……」と問うてきた。
夢と現実がごっちゃになるような思考の中で、僕は今の在籍人数と客単価を掛け算していた。その数値がどれくらいか、ぼんやりと脳内に浮かんだ直後…。
「自分の代でこの校舎を潰す未来も、あり得るぞ」と、猛烈な恐怖が襲ってきた。あれほど純度の高い恐怖は、今考えても久しぶりだ。思わずそこで、飛び起きた。
身体を起こしてもしばらく動悸が収まらず、しばらく完全に呆然としてしまった。枕元の飲み物を飲もうと手を伸ばしたが、震えてうまく持てず、少しこぼすほどだった。
正直、ここ数年で見た夢の中でも、最も怖かったかもしれない。特に何が強く、それを想起させたか。それは明白だ。「自分の代で終わるかもしれない」。
その未来は、現実として十分あり得る。それに気づき、動揺したのだ。だからこの夢が何を暗示したか、僕にどんな行動を促しているか、それを探るため、記事にまとめる。
「いつか終わる夢」とはいうけれど・・。
改めて自分が今すべきことは何か。実はこれは、難しい話でもなんでもない。究極的には、「校舎を繁盛させる」以外に道はない。
では、繁盛とはなにか。この定義は、僕の中である程度定まっている。人数でいえばこれくらい、利益でいえばこれくらい、という具体的なラインがあるのだ。
そこに辿り着くまでは、あるいはその道筋が明確になるまでは、正直、休もうという気にならない。動きや考えを止めると、その間隙を満たすように不安が染み込むからだ。
例えばオフの日があるくらいなら、そこで授業なり広報活動の一つなりを進めたい。今は「休むべきタイミングではない」と思っているからこそ、そういう選択をする。
仮に、今後経営面で少しでも余裕ができたら、今より多少は休んでもいいかもしれない。でも、今は確実に違う。
あの悪夢を見た以上、そこから目を逸らして鷹揚に構えていたら、それが起点となり自分が崩れてしまう気がする。
・・・おかげさまで今朝は、背中を蹴られるような気分で起きられた。そこからしばらく放心してしまったが、今はもう、やるしかないと、いい意味で前を向けている。
多少の脅迫観念は、僕にとってはある種のドーピングに等しい。ダモクレスの剣という話があるが、この悪夢は僕にとってのそれだ。
だからこそ、同時に気づいたことがある。僕の中ではもう、「自分自身と校舎の命運」が完全に一体化しているということだ
ここまでの責任感というものは、支店を預かるものとして、決して悪いことではないだろう。それくらいの覚悟でなければ、この役職は務まらないのではないか。
……ただ、あんな夢を毎晩見させられるようでは、さすがに心がもたない。正直、今でも少し動悸が残っている。心の奥底に、あのトラウマはまだ潜んでいる気がしている。
だからこうして言葉にして整理してみた。これで少しでも、気持ちの輪郭が掴めればいいなと思っている。そしてその目的は、おおむね果たせたようである。
ということで、今日はこの辺で。