精神年齢が高いことによる利点は色々と浮かぶ。例えば冷静な判断、理知的な物言い、人望、カリスマ性、エトセトラ。
一方、精神年齢が低いことに利点があると説かれる場面は、こと学校教育においては極めて少ないと僕は思う。少なくとも僕は、自分がそうだからと褒められたことは無い。
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しかし、皮肉なことに、今ではそういう大人びた物言いや思考ができる人は「型にはまったつまらないやつ」と評される場面がちょこちょこ出てきている。
一方、精神年齢が低いことについて、斬新で面白いアイデアを提案できるヤツという評価を頂くことも増えてきている。救いがあるのかないのか、よくわからない話だ。
どうせあらゆる物事は万物流転。すべては分からない状態であることを自然と受け止めておいた方が、なんだかんだで収まりは良いのではないかと感じている。
そういうわけで、今週も楽しみながら、再読を進めていこうと思う。
- 4月28日(月) 手品が通用しない人たち。
- 4月29日(火) 童心という懐刀を持て!
- 4月30日(水) 再読一旦完了の巻。
- 5月1日(木) アウトプットありき。
- 5月2日(金) 合理的とは。
- 5月3日(金) 合理的とは。
- 5月4日(土) 白アリは大木を斃す理論。
4月28日(月) 手品が通用しない人たち。

手品師が最も扱いにくい相手は誰か。それは大人ではなく、ピュアな子供たちなのだという。なんなら、科学者たちよりも圧倒的に扱いにくいという。
手品の肝は、本来見てほしくない部分から視線誘導などを使って注意を外し、次のタネを仕込んで矢継ぎ早にイリュージョンを見せていくことにある。
しかし子供たちは、その視線誘導が効きにくいそうだ。まだ注意といった部分が未発達であり、自分が見たいところをそのタイミングで見てしまう。いや、見れるのだ。
これはいわばバイアス系のものに歪まされる余白が少ないことも意味していると言える。子供は手ごわい。そういう分野もあるとは、納得感が強い。
4月29日(火) 童心という懐刀を持て!

大人と子供の最たる違いは、我慢できるかできないか、忖度するかしないか、ここに現れるそうだ。
確かに、自分の思ったことをそのまま言うのは、どこか子供っぽさを帯びているし、スマートではないとされる。
時には、不必要に人を傷つけてしまう発言になることもしばしばだ。だから無闇にそれを語るわけにもいかない。
だがそれを懐刀として持っておき、いざというときに振れる人はとても強いと僕は思う。
僕も普段は大人な面でありたいと思うが、それは子供の観点を殺すことを意味しないよう、気を付けたく思う。
4月30日(水) 再読一旦完了の巻。

中途半端ではあるが、今日をもって読み直しも終わった。読みながらもっと、この二人の哲学を掘り下げたいと思った。
だから引き続き、もう一冊買って過去に読んだ二人の本を読み直すことにする。確かタイトルは、「When to rob the bank」だったかな、と。
文体としても普段仕事で扱う長文とは違うクセがあり、これはこれでトレーニングにもなっている。
やはり毎朝洋書を読む習慣は、今後も欠かせないなと、改めて思えている。
5月1日(木) アウトプットありき。

筆者はブログの執筆を通じて、自分が常になにかを探求している状態に置くことを狙いとしていたらしい。
なにかをアウトプットするには、なにかのインプットが必須だ。そして、先にアウトプットを義務化すると良いサイクルが回るというのは理に適っている。
先に調べるから書きたくなるのではなく、書くからこそネタに敏感となる。正直暇なこのGW、良いヒントが貰えたと感じている。
5月2日(金) 合理的とは。

目的を見据えれば、一番シンプルな答えが見えてくる。これは盲点と同時に真理だと思うが、その気付きに至る筆者の思考実験が恐ろしい。
例えばテロの狙いとは、過激な事件を奪い国家を疲弊させることにある、という。嫌な話だが、飛行機系がテンプレだろう。
しかし過激で、不安定で、恐怖を起こすのが狙いなら、日付もバラバラでカーシューティングを起こすのが一番目的に近いという。
まずWhyから始めよ、という教えの意味が、また深く理解できた瞬間だった。
5月3日(金) 合理的とは。

テロ対策の例が続くが、実は対策が難しいのはどこまでも原始的な武器と作戦によるそれなのだという。
拳銃を用いるより、包丁やナイフを用いられる方が発見も対処も難しい。飛行機を乗っ取られるより、車で突っ込まれる方が気付きにくい。
トリッキーな策が映えるのはフィクションの中だけ。シニカルだなぁという感想より、「ですよね」という納得が先に来る。
5月4日(土) 白アリは大木を斃す理論。

ストレスフルな状況とは、未曾有の事態に対応することではなく、それがあると思って備えている状態のことらしい。
これはその通りだろう。テロに対応するより、テロに備えて人員を配置し雇用する方が明らかにコストが掛かる。
劇的な事件のダメージは、長期間持続し、人の心も制度も蝕んでいく。それこそがテロの真の恐ろしさでは、と僕は思う。
では今日はこの辺で。