精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

僕は”面白い”という感性を大事にしたい。

【観察力の鍛え方】をはじめ、佐渡島庸平氏の著書やインタビューに触れる度、「言語化が届きそうで届かない」と思う図がある。

 

それは以下のインタビューでも紹介されている、「四つの曖昧さ」である。特に最後に至る領域の、「創造的だが曖昧なもの」がすごく興味深い。

【サウナ対談】「死を意識したら、自分のやっていることの意味のなさに気づいた」(佐渡島庸平×箕輪厚介)|新R25 Media - シゴトも人生も、もっと楽しもう。



この言わんとすることは、僕の解釈だが、言語化はできないが、確かに伝えることができ、そして受信することが可能なもの」だと思っている。

 

これについてボンヤリと折に触れて考え続けてきたが、最近自分の中で明確に、その定義に当てはまるものが見えてきた。

 

それは「面白い」という感性・感情だ。この言葉ほど万人に分かりやすいのに、実は非常に曖昧なものというのは、とても珍しいのではないか。

 

今日はそんな自分の似非哲学みたいなことを、書くネタが無いのでつらつらと綴っておく。

 

 

【面白さ】は言語化を拒否しながら共鳴する。

 

らき☆すたの一幕において、主人公が同級生に対し、自分が笑い転げた動画を見せたところ、見事にシラケたというエピソードがあった。それをやたら記憶している。

 

何故かというと、実際に体験した記憶があるからだ。自分が面白いと思い、相手も面白いだろうと思ったのに、全く響かずダダ滑りする。

 

特に音MADとかそういうので自爆した経験がある。「面白さ」とはかようにデリケートなのかと、中2の頃には既に学んでいた記憶があるわけで。

 

―そういうのがあるからこそ、自分とツボが同じ人、面白さに対する感性が似ている人と出会うと、とてつもない信頼感をそこに置くことができる

 

「面白い」と思うと、自然とそこには笑顔が生まれる。心からの笑顔は信頼の証というが、それは本当に言い得て妙だ。親密さが、格段に違ってくる。

 

ところで、この感覚を言い表す言葉は、日本語においては「面白い」くらいしか僕は頭に浮かんでこない。なんというか、あまりにも貧相ではないか?

 

そう思って、類語を調べて列挙してみた。

 

ユーモアで満ちている、または、ユーモアに特徴づけられる の意

可笑しい 面白可笑しい おかしい 滑稽 ユーモラス 面白おかしい


笑いを起こすか、誘うさま の意

可笑しい 面白可笑しい コミカル おもろい おもしろい おかしい 滑稽 おもしい 面白おかしい


注意を喚起または保持する の意

おもろい おもしろい 興味深い


愛想が良く面白い の意

可笑しい 楽しい


楽しみと陽気さを提供する の意

楽しい 楽しげ 賑やか


満足または喜びを与えるさま の意

楽しい 愉快 おもしろい 悦ばしい 満足 心嬉しい 痛快 愉しい 心うれしい


大いに喜ばせるかまたは楽しませるさま の意

楽しい おもろい 愉快 おもしろい 悦ばしい 小気味好い 心嬉しい 愉しい 喜ばしい 心うれしい 小気味よい

 

面白い(おもしろい)の言い換え・類語・同義語 - 類語辞書 - goo辞書

 

結構あるのが印象的だった。尚、太字にしたのは、特に僕が感じる”面白い”の意味合いで、これが卓抜している人に対しては、何ならリスペクトの念さえ抱いてしまう

 

さて。これらの要素を乱暴にまとめれば、僕にとっての面白さとは、「ユーモアに満ちた笑いによって、満足と喜びをくれること」という風になる。

 

”ユーモア”を”滑稽”に言い換えたら違和感があるし、また満足や喜びが伴わない、例えば「胸糞スカッと」といったコンテンツは、むしろ嫌いである。

 

いたずらに人を傷つけず、ユーモアの範疇で、自分の琴線を揺らしてくれる人やモノ。僕はそれを確かに持っているが、ツボ以外の言葉でそれを表現できない

 

できないのだが、確実に自分の中に、それはある。他人に対しそれを思うことはある。具体は伴っているが、抽象的な定義づけが全くできる気がしない。

 

自分が面白いと直感で思うものをひたすら並べて、そこから帰納することは可能なのだろうか。今のところ、試したことはあるが、全くできる気がしていない。

 

しかし僕にとっては、僕が満足する面白さをくれる人とは、好意を飛び越えた敬意を

感じさせてくれる人なのだ。それは性別さえ問わない。

 

また、コミカルなだけの人に面白さを微塵も感じないこともありながら、一方口下手で内省的だが、その着眼点やワードセンスを素直に面白いと感じる人もいる

 

僕は”面白い”という感性を大事にしたい。なぜなら、考えても考えても、一向にそれがつかめない、いわば永遠に探究すべき感情だからだ。

 

また何か気づきがあったら言葉にしてみたいと思う。では今日はこの辺で。

 

 

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村