今日のテーマとして、久しぶりに「仕事術」に関する話を書いてみる。タイトルにも書いたが、「パッケージではなく構造を見よう」という考え方について整理してみたい。
これまで何度も、自分なりの仕事術を試行錯誤してきた。既存のメソッドをそのまま使うこともあれば、何度も自分に合うように調整しながら実行してきている。
現時点で、最も使い勝手がよく、効果を感じているのは、いわゆる「ポモドーロ・テクニック」だ。これはネットの声を読んでも、多くの人にとって効果的なようだ。
しかし、推奨されている方法をそのまま実行しても、どうしても自分との相性が7割程度にとどまっているように感じていた。
つまり、「工夫をどこかに入れることで、もっとフィットする方法があるのではないか」という感覚が、常に拭えなかったわけである。
そこで、逆に仕事を細かく分解し、強制的に一周回してみる「2分間バースト」という独自手法を考案したこともある。
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これはこれで面白く、我ながら好きなやり方ではあるのだが、どうしても2分で終わる仕事というものは限られている。だから効果も、限定的なものとなる。
特に腰を据えて取り組む必要がある業務では、やはりある程度まとまった時間、たとえば25分ほどの集中が必要になる。それは認めるし、理解もしている。
しかし・・ということで冒頭の疑念にループするのだ。ということで最近、新たなアプローチを試している。
それが、今回のテーマである【「パッケージ」で見るな、「構造」を見よう!】という考え方である。これはどういうことか、備忘録兼ねて以下整理していく。
「くくる」からできなくなる。
たとえば「25分で企画書を作る」というような時間設定をすると、一見合理的に思えるが、実際にはその中に複数の工程が含まれている。
資料を開く、前年の資料を探す、構成を練る、下書きを書く、確認・校閲を依頼する…。こんな風に、企画書一つとっても、それはさらに細かい仕事の集合体なのだ。
それらを一括で「企画書作成」として扱ってしまうと、仕事の全体像がぼやけるし、ADHD傾向により思考が拡散しやすい僕にとっては、地獄のような作業になる。
億劫になると、腰が重くなる。気が乗らないから、速度も出なくなる。集中力も低いところで止まってしまい、つまり仕事が終わらない。すべてが泥沼と化していく・・。
だからこそ、そうしたパッケージ化された業務を分解し、「25分の中で1つの作業」ではなく、「25分で1つのテーマに関連する作業群を処理する」という形式に変えたのだ。
たとえば、人のシフトを組むという作業であれば、そのテーマに必要なことを列挙し、25分間の中で一気に片づけるという感じだ。
スケジュールの把握、条件の整理、日程表の作成と各ご家庭への連絡、等々。それらを”同時に”考えても、それは因数だらけの連立方程式を解くようなものである。
ということで昨日、僕が苦手な「シフト組み」にこのやり方を試してみたところ、これまでなら25分使っても全く進まなかった作業が、10分程度で終わってしまった。
そのとき実感したのは、「今までのやり方は自分に合っていなかった」ということと、同時に「自分に合った方法なら、生産性は更に上がるのか」という新たな発見だった。
もちろん、「こうした作業は時間がかかるし、とにかく面倒で、滅茶苦茶憂鬱なものだ」という固定観念は、いまだに根強く残っている。
そのため、まとまった時間が取れない日と予想できる場合は、それだけで焦ったり、イライラしたりと、単なる害悪と化してしまうこともある。
だが、そうした潜在意識を塗り替えるためには、日々反省と検証を繰り返していくしかない。数多の練習によって、新しい動作を学習するようなものである。
腰を据えて、自分の思い込みを一つずつ解除し、修正しながら前進していくことが大切だ。そういうことにも気づけた、良いヒントだと感じる。
では今日はこの辺で。