【観察】という言葉について、辞書を引くとこう書いてある。
物事の状態や変化を客観的に注意深く見ること。
この客観的というところがミソで、特に子供の頃は、主観的になろうにも頭の中にいわゆる常識・先例がないため、そうなりようがないと僕は感じている。
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ゆえに子供は天性の観察のプロなのだ。しかし大人になると、学校などを通じて常識・先例を頭にたくさん詰め込むことになる。”知っている”ものばかりが増えていく。
だから観察は段々と難しくなる。客観的なふりをして、ただ自分の感想を書き散らしているだけという人が多いのも、仕方ないことなのかもしれない。
純粋さというものを、年齢を経てから発動することは、それはそれで一つの職人技だ。筆者たちはその難しさと面白さ、そして大切さをやはり教えてくれていると思う。
だから今週も読み進めたい。では以下本題だ。
- 6月16日(月) 本当に危ないモノとは何か。
- 6月17日(火) 代案なき批判とは・・。
- 6月18日(水) ゼロリスクというリスク。
- 6月19日(木) ウィルスのごとく破壊する。
- 6月20日(金) 「安くしろ!代わりのヤツつくれ!」
- 6月21日(土) 逆張りが機能するとき。
- 6月22日(日) ゲームにしちゃえ。
6月16日(月) 本当に危ないモノとは何か。
著者たちのモットーの1つに、「データが導いてくれた先を素直に見る」というものがある。時にそれは、直観に思いきり反する結論に至ることもしばしばだ。
例えばアメリカは銃社会であり、その存在は人の生命を脅かすとされる。それ自体はこの上なく単純明快で、その通りだと僕は思えてならない。
しかしながら実態として、”より多くの命を奪う”という意味では、裏庭に設置したプールの方が危険なのだという。親が目を離した間に溺死するとか、そういう類だ。
同様に、実は飲酒状態に限定すれば、その状態で運転することより、徒歩でふらふら帰宅する方が、よっぽど危険度が高いのだそうだ。
これらを考える癖をつけて、本当のところを知れば知るほど、僕は自分が至りたい「凪の心」に辿り着ける。なんかそんな気がしてきている。
6月17日(火) 代案なき批判とは・・。

僕は「物申す」動画の大半が好きではない。それらは異論でも批判でも質問でもなく、ただ感想をでかい声で喋っているだけだからだ。
「論理トレーニング101題」を読んで以来、今自分が異論として思い付いたものは、単なるイチャモンじゃないかどうか、すごく自省する癖がついた。
しょーもないことを口にするヤツは議論の肥やしにならず、むしろ論破したいだけ、とりあえず逆張りしたいだけのめんどくさいヤツとなる。
それが気分よくなると、もういけない。気付けば健全なグループから次々と追い出され、似た者同士のところに追いやられる。
ワイドショーのコメンテーターの感じを「頭良い」と思う人とは多分話が合わない。つくづく僕はそう感じている。
6月18日(水) ゼロリスクというリスク。
ゼロリスク神話というものがある。神話と呼ばれるだけに、それは達成すべきだが現実は無理という話となる。
リスクは必ず存在する。それらを比較して、対策の妥当性を検証して、どの手で行くかを決めるべきというのが本来だろう。
ゼロリスクがいきすぎれば、正直何も食えなくなるし、文明的な暮らしの一切ができなくなる。
多少寿命が縮むリスクがあろうとも、僕は便利な社会で暮らしたいなと思っている。僕にとってはゼロリスクを妄信することこそ、人生の満足度を減らすリスクなのだ。
6月19日(木) ウィルスのごとく破壊する。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉があるが、これは元となる部分こそ馴染みはないものの、内容自体は普遍的なものだろう。
例えばテロリストによる攻撃を経た後では、傘さえそのための武器に見えてくる。実際それの持ち込みを禁止している交通機関もあるそうだ。
しかしそういう些末な物まで武器認定すると、それを知らない人がたくさん現れてしまい、そのチェックに多大な人的コストが食われる。
そうすればセキュリティが疲弊し、テロリストが付け入る好きが生まれてしまう、と……
本当に頭が良いヤツは、善悪問わず何手先まで読めるのか、ただただ圧巻である。
6月20日(金) 「安くしろ!代わりのヤツつくれ!」

石油は30年後に枯渇すると言われて30年くらい経つ気がするが、これはなぜ起きるのだろうか。
ひとつは掘削技術の発達だ。これにより、埋蔵量ではなく利用可能量が増えたのだ。
もうひとつは市場原理である。値段が上がれば、消費者は生産者に対して二つの圧力を掛ける。
ひとつは、もっと安くしろというもの。もうひとつは、代替の安い選択肢を作れというものだ。
それによって石油は「今も使えている」、と。奥深くも、どこか逆説的な話だと僕は考えている。
6月21日(土) 逆張りが機能するとき。
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僕が最近意識的になってやっていることは、ワイドショーやネットニュースの逆張りだ。特になんかしらのヘイトが透けてみえるときほど、よく考える。
老人と若者の対立。増税による生活苦。議員の不真面目な態度。そういったあれこれの意図をしっかりと考える。
ときには別の人の意見も参考にする。もちろんただ逆張りしたいだけの浅い人もいるが、深い洞察を唱える人もいる。
そういう意味では初めて、そういうワイドショーやネットニュースを好意的に受け止められるようになってきているのかもしれない。
6月22日(日) ゲームにしちゃえ。

点を見る人と、線を見る人。前者はどこか「当事者意識がある」と言われ、後者は「逆張り乙」と言われがちだ。
しかしながら、現在地だけ見ても、以外となんの情報も得られないなんてことは結構多い。
経済の動向、株価、コンコルド効果エトセトラ。この辺りをきちんと見るとは、やはり当事者過ぎてもいけないと感じる。
余談だが、政治や経済に関心を持つには、仲間内でそれぞれの動向を予言して、その後を確認するというゲームにするといいらしい。
次の与党を当てた人は、外した人から飲み代を出してもらえる、とか。なんというか、楽しそうではある。
では今日はこの辺で。