精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

心はいつ、折れるのか。

今回は、心が折れる瞬間」について考察した話をまとめておきたい。別にぽっきり折れたわけではないが、折れそうになったという出来事が、昨日あった。

 

この記事はその出来事を忘れないようにしつつも、言葉にすることで意識的にそこから距離をとるためのもの、という感じだ。

 

にしても、今思い出してもなんというか、「怒りと悲しみが混ざった感情」が自分の中で渦巻くのを感じる(これは悲憤と呼ぶらしい)。

 

では、一体何が起きたのか。以下、コンプラに違反しない程度に書いていく。

 

 

落差が生むインパクト。

 

昨日ようやく、待望の新規問い合わせが一件入った。修羅場のど真ん中にいる自覚がある手前、それは僕にとっては蜘蛛の糸で、窮地脱出の第一歩だと感じた。

 

だがその直後、「夏の授業は休会して、夏季講習もパスしたい」といった、ちょっと理不尽な要望が届いてしまった。夏季に額が太くなるのは説明済なのに、だ。

 

わずかに希望が見えた直後に、大きく足を引っ張られるような展開。希望から不安に落ち、怒りも恐怖も感じ、それもあって心底うんざりした。

 

新規問い合わせの子の体験・面談の日程まで決めて、あとはそこに向けてしっかり対応をし、ここを取っ掛かりとして復活を考えたいと思っていた矢先だっただけに猶更だ。

 

本当に心が折れそうになるいや、実際、かなり危なかった。天国から地獄へ、持ち上げてから、勢いをつけてどん底に落とす。あれはメンタルにとって非常に良くない。

 

本当にしんどかった。だから昨晩は1ヶ月以上ぶりに、何のためらいもなく酒を飲んだ。しかし久しぶりの飲酒すぎて身体が弱くなっており、まったく楽しめなかった

 

寝起きも悪く、体調も崩れ、自分で自分にとどめを刺したような気分になってしまった。その後水分を取り、運動をすることで、元のコンディションに戻せはしたが・・。

 

極度の緊張と不安から、ようやく一歩改善に向かった直後の落下というのは、本当に堪える。だが、そこで改めて意識を変え、「ここから僕は何を学んだか」を問いかけた

 

これを通じて僕が何を学んだかというと、「テンションの乱高下に巻き込まれないこと」、つまり期待値コントロールの意識が非常に大事だということである。

 

楽しいことも、不安なことも、苦しいことも、自分ごとのように感じすぎると、身が持たない。俯瞰なんて言うと厨二くさいが、必須のスキルだとやはり感じる。

 

ゲームのキャラクターが様々な感情を抱いている場面を、モニター越しに見ているような気分で、自分自身を、どこか観察対象のように捉えることが必要なのではないか。

 

「これは本当にきつい」と自分事として感じるのではなく、「これはきついだろうな」と、他人事のように一歩引いた目線で捉える。

 

難しい言い方をすれば、「形而上的な視点」で常に自分自身を見ておくことが必要であるということが、今は身に染みて理解できつつある。

 

自分という存在、あるいは意識そのものを、自我が客観的に観察しているような感覚がちょうどいい。大変だな、ではなく、大変そうだな、という感想を持ち続けたい

 

そのくらい、主観的な目線を意識的に切り替え、淡々とした判断と行動の結果として、日々を捉えることをしないと、僕の心は無駄に消耗し、そして動揺することだろう。

 

感情的に「やった」「やらかした」などと一喜一憂していたら、もはや精神がもたない。それどころか、再起不能になる可能性もある。

 

ところで、「心が折れる」という表現について、僕は「糸が切れる」という感覚も僕の体感値には近いと思っている。

 

張り詰めていた糸が、少し緩められそうな場面に遭遇したあと、それが一時的なものであったとわかると、余計に堪えるのだ。

 

・・かなり脱線してきたので、話をまとめようと思う。つまりどういうときに、人の心は折れるのか。

 

それは「評価」や「状況の改善」などを他人に完全に委ねたうえで、希望から絶望に落とされたときだと、僕は思う。

 

思えば前職で、完全に退職を決意したきっかけもそうだった。フラフラで限界だった頃の話だ。連勤で死にそうな最中、シフトを見ては、休みまでの日を数えていた。

 

だが、いよいよ休日の前の日とかだったと思う。ミーティングか何かで、上司が目の前で「ここ半休にして、あそこも半休にして…」と休みを潰していったのだ

 

それが決定打になった。持ち上げられてから落とされると、人は本当に折れる。そしてこれは、他人にいろいろな要素を委ねている限り、いつでも起こりうるリスクである。

 

だからこそ、そもそも「意識的にメンタルを持ち上げない」という予防策が最も重要なのではないかと、あらためて感じている。

 

ということで今日はこの辺で。

 

 

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