精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

1日12時間~14時間、”ポジティブに”働く人の共通点を探る。

現状を好転させるには何をすればいいのか。その答えやヒントが知りたくて、毎日毎日、必死で色んな人の言葉を読んでは、自分なりの行動へ移し続けている。

 

その中で1つ、大事だということが分かっているのに、実行が困難なものがある。それが、時間と体力を全て、1日10数時間仕事に突っ込むことだ。

 

【渋谷ではたらく社長の告白】を読んでも、また別会社の社長のコラムを読んでも、誰しもがここを通っている。絶望的に働き、己を追い詰めて、そのうえで光明を見出す。

 

だから僕も、毎日12時間以上を改めて仕事にフルベットすれば、現状に初めて少しは揺さぶりがかけられるかもしれない。ここまでの域が、僕にとっての希望となっている。

 

―のだが、この12時間労働、到達したいと思っても、どうしてもそこに辿り着けていない。体力が尽きるのではなく、マジでやることが尽きるのだ。

 

授業の準備をして、掃除もして、予習もして、ブログも書いて、Instagramを更新して、他の講師の動きを全部チェックして、1週間単位の予定も考えて…

 

自分が思いつく限りのすべてのことをやっても、10時間もすれば本当に手が尽きる。結果、「また明日、全力を出そう・・」ということになり、帰宅しては自己嫌悪、なのだ。

 

今の状況を打開し、好転させるために必要な手は無数にあることを理解しつつ、それをやり切れない自分がたまらなく悔しい。「エクストラ・ワンマイル」が踏み出せない。

 

どうすれば、1日12時間~14時間、”ポジティブに”働けるのだろうか。その答えに辿り着くべく、以下手に入るだけの情報をまとめていく。

 

 

【注意】僕は”ポジティブ”に12時間労働がしたい。

 

先に念押ししたいのだが、僕はただ12時間以上職場に居たいわけじゃない。それだけの時間を投資しながら、それらが一つの無駄もなく機能しないと意味がないのだ。

 

何なら社会人1年目で、15時間労働を3ヶ月、12時間労働を2ヶ月、それぞれ経験済だ。数日だけだが17時間労働という狂った仕事をしたこともある。

 

・・・ならばそれをトレースするだけではないか?そう思うかもしれないが、それらの労働の果てに僕はちゃんと心を壊したことを付記しておかねばならない。

 

壊れた理由は簡単で、言われたことを、強制されたことを実行するためにはそれだけの時間が必要だったという、いわば構造ごとぶっ壊れたバグの中に居たからである。

 

誰よりも早く来て、休憩もせず、誰よりも遅く帰っていたのは、それで自分が成長できると思っていたからではなく、そうしないと怒鳴り散らされていたからだ。

 

もちろん僕の給料は上がらず、待遇もよくならず、しかし職場がポジティブな雰囲気に満ちたかというと、そんなわけもなく。その過去が、僕の強いブレーキとなっている。

 

繰り返すが、僕が知りたいのは、どうすれば1日12時間~14時間、”ポジティブに”働けるのだろうかという疑問の答えだ。自分の心を折る方法ではないのである。

 

―ってのを前提として共有してから、以下まとめたことを書いていく。

 

猛烈なる「仮説➡検証➡反省」のサイクル。

 

起業家の方の言葉を見ていると、全員が全員、「来年自分の会社が在るかどうかはわからない」という、強い危機感と不安を抱えていることが伺い知れた。

 

後ろから猛烈な勢いで鉄球が迫っており、チンタラしていたら一撃で轢死してしまう状態にあることを、誰よりも強く実感し、そしてそこから目を逸らしていないのだ。

 

だからブログを読んでいると、短い文面や軽いタッチであっても、その行間から、本当に苦しい思いをしてきたことがわかる器のようなものが透けて見える気がするのだ。

 

では、ここでいう”その鉄球に潰されないための努力”は何を指すかというと、比喩としてもぴったりなのだが、ひたすら走ることである。

 

もちろん様々な障害物を敢えて鉄球の前に落としたり、小道へ逃げたりといった小技を使っても、潰されるリスクは減らせるが、一番はやはり駆け抜けることだろう。

 

そう思って色々な言葉を見ていると、ようやく見えたものがあった。彼ら彼女らは、意識的にせよ無意識的にせよ、仮説➡検証➡反省のサイクルが桁外れに速く、多い

 

それでいて、指針がとてもシンプルだ。お客様の満足度を高めて、自社の利益を高めることを目的とした際、理念にも合致する施策は何か。今足りないものは何か。

 

少しでも手が空いたらじっと現状を観察し、ほぼ反射のレベルで「足りない!」「こうした方がいい!」と気づいたら、即座に実行のフェーズへ移す

 

その実行により、また別の新たな仮説を得ることもあれば、それが出ないときはインプットを猛烈に重ねて、意地でも改善点を捻りだす。そしてそれを実行する…。

 

これらはいずれも出力の話だ。それを変えるためには、そもそもそれを導出するコードの部分を変えなければ、どだい無理な話なのだろう。

 

まだまだ僕のコードは、従業員として、明日が保証された、その中でちょっと抜きんでればいい、という程度のヤツのそれでしかない。殻が全く破れていないのだ。

 

必死な人は、そして有能な人は、何を基に何を考え、それがどう行動として表面化していくのか。僕はまだまだ、本当にシビアな人の実例を知らないようだ。

 

1日12時間~14時間、”ポジティブに”働く人。身の回りに居ないのが残念に思うが、そういうガチな人は僕がいるようなぬるま湯の世界に居ない、ということなのだろう。

 

彼らが居る世界に参加するドレスコードを得るためには、様々な他の方法を駆使して、僕はまだまだ、自分を追い詰めて突き詰めていく必要があるように思う。

 

とある社長は、あまりにも変わらない現状と、自分の不甲斐なさに、社員全員がいないのをいいことに、しばらく泣きくれた夜もあったという。僕にそんなのはあったか?

 

―僕が到達したいエリアは確かに見えている。だがそこまで”潜る”には、純粋な負荷が足りていないのも感じる。休養、気分転換、くそくらえだ。

 

また一つ、いい意味で覚悟が決まったように思う。ただそれは誰でも”言える”ことだ。覚悟が決まったら、どんな行動が出るはずか。まだまだ追い求めたく思う。

 

では今日はこの辺で。

 

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