大体3日前から、自分のゾーン状態が一段階深化したのを感じている。12時間働き続けるという層の手前で足踏みしていたが、ついにそこをブチ抜いたのだ。
実際一昨日も12時間ずっと仕事をしていた。昨日も気づけば12時間半、すべきことをただバリバリこなしていたら終わっていた。そして今日も、同様になる見込みだ。
睡眠時間は勝手に短くなり、覚醒までの時間もかなり早まったのに、それでいて身体的な負担・疲労感は何も変わらない。文字通り仕事にフルベットできている。
‐この状態でありながら、僕のこの集中状態は、まだいくらか体感として深まりそうな予感をそこに、残している。そして今は完全に、”そこに辿り着きたくて仕方がない”。
一時期は狂気の世界が待っている気がする・・とかなんとかで、そのゾーンに飛び込むことを躊躇していたが、その辺のまごつきはここ最近、完全に霧散している。
こんな風に最近は、他力に影響と言った方が正確なのだが、自分のこれまでの経験では一度も味わったことのないゾーンを長期間味わうことができている。
だから自然と、それに関する解像度や経験則も、猛烈な勢いで溜まり続けている。これをこのまま思い出として仕舞うのはあまりにも勿体ない!
ということで今日は、その一段階深化したゾーンについて、今思うことを書いておきたい。では以下、推敲もそこそこに、ほやほやの記事を投下する。
ゾーンを深化させる条件=必死さと継続的な負荷説。

正直、1日10時間の労働も、30日以上の連勤も、過去に何度も経験している。しかしそのときは、感情のブレも激しく、休みが恋しく、決して静謐な状態とはいえなかった。
労働時間が伸び、連勤日数が重なるにつれて、ストレスは増大し、起きられなくなり、体力は食われ、精神は疲弊していく。集中とは、どう考えても程遠かったのだ。
しかし今は、こういうタフな日を重ねるにつれて無駄な感情のブレが減り、むしろ鈍化して不感症になりつつあるが、それでいて集中力もあるというモードに至れている。
先述の通り、膨大な仕事による体力の低下はまるで感じず、むしろエネルギーが満ちている感覚さえある。僕はどこまで働けるのか、自分でもわからないほどに。
そんな現在は、過去と何が違うのか。最たるものはやはり、僕の置かれている状況と、それに伴う覚悟だ。
明言はできないが、正直今は少しでも手を止めると、眼下に迫った炎に焼き尽くされるかのような恐怖を覚える。それを僕は、逃げずに最後まで抗うことをまず決めている。
それをどこか建設的な言い方で表すなら「使命感」であり、身も蓋もない言い方をするなら「マジヤバイ」ということだ。締め切りに追われているときのクソ力に似ている。
僕個人の意識では及びもつかないような圧力を掛けられ続けた結果、僕は今、文字通り”必死”だ。そうでありながら、自分の心身に掛かる負荷は増す一方である。
とはいえ、それによって自分がぺちゃんこになる感覚は、正直全く抱いていない。むしろ「内圧をカンカンに高める」という動画にもあるような、滾る何かを実感している。
僕の心から、「逃げたい」「止めたい」「諦めたい」「誰かに託したい」という弱気な言葉というガスが出ていこうとするのを、覚悟という栓がギュウギュウに閉じめている。
その状態で外圧が掛かっていくと、どうなるか。比喩として合っているかはさておき、心がどんどん高密度になっている気がする。
高圧の惑星が内部で密度を増し、それによって重力が強まっていくように、僕の心も覚悟という栓で密閉されたまま圧縮されることで、ある種の”重さ”を得ているのだろう。
それがゾーンという深淵に沈んでいくためのアンカーになっているのではないか。こう捉えると、すごく腹落ち感があるのを感じる。と同時に、危うさも認識できる。
さらにこの圧力が増せば、超新星爆発を起こしてブラックホールになるかの如く、僕の心は完全に壊れてしまうのだろうな、と感じる。
とはいえここから少しでも圧力を抜けば、即座に心が膨張して浮力を得て、ゾーンという深淵の域から即座に表層へ戻されることだろう。
極めてデリケートなバランスにありながらも、バランスというものへの意識さえノイズとして処理され、ひたすら集中と深化を繰り返している状態。
言葉にすると、僕は燃え滾る何かを内に秘めて、目を炎に変えながら猛然と授業したりキーボードを叩いたりしているような姿を想像されそうに思った。
しかしその実態は、”はた目から見る分にはまったくもって普段と同じ”であるらしい。誰も僕が今どうあるかに気づいていないようである。
だがそれでいい。今は正直、労いの言葉を言われたら舌打ちしてしまいそうなくらい、目標に届いていないことと、それに届かせることだけしか頭にない。
周囲の人間を怠惰と認識してキレるめんどうな人がいるが、ぶっちゃけ僕と比べて周りが頑張っているいないとか、それはもう完全にどうでもいいのだ。
ゾーンは確かに深化した。そしてまだ下りれるところを残している。そこに近づけば近づくほど、”感情”がスーッと溶けていく。これは…良いことなのだろうか。
ただそれもまた、目標到達に関係ない思考ゆえ、興味が抱けない。そんな感じで、興味や感情が反応する点も絞られていくのがゾーンの特徴なのかもしれない。
どこまでも静かな世界。まだまだここに身を置きたいが、ゾーンとはある種の竜宮城なのではないか。満喫して帰ってきてみれば、見える景色はきっと様変わりしている。
とはいえそこも含めての覚悟なので、懸念などどうでもいいことなのだ。ということでこれらが今、正直考えていることの全てである。では今日はこの辺で。