精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

「Kill time」の時間を人生から追い出すべし。

高校生の時にNextStageか何かの演習中に知って、それ以来やたらと気に入っている英語表現がある。それが「Kill time」だ。意味はざっくり、「暇つぶし」である。

 

なぜこれが印象に残ったかというと、その語調の強さだ。直訳だと「時間殺し」であり、そうまで手厳しく暇つぶしを解釈するのかと、思わず笑ってしまったほどである。

 

そんな「Kill time」だが、最近その言葉の深い意味が、少しずつ理解できている気がしている。これはきっと、余暇の使い方に関する一家言なのではないかと思うのだ。

 

今日はそんな「Kill time」のお話と、なるべくこれを人生から排除しないと、ゾーン状態は一切深化しないだろうという、そんな話である。

 

 

この時間は、殺されていやしないか?

 

まずは言葉自体の意味を、より深く正確に探るため、「kill time」を英英辞書で引いてみる。

 

to spend time doing something which is not important, while you are waiting to do something important or waiting for something else to happen

 

直訳:なにか大事なことに着手しようとしている際、あるいは何かが起きるのを待っている間に、さして大事じゃないことをして時間を使うこと。

 

・・というわけで、日本語で言う「暇つぶし」と非常に似た意味合いだと思うのだが、ここで一番僕が引っかかったのは、「さして大事じゃないことに時間を使う」の部分だ。

 

簡単に言えば、「それをしたところで、時間の経過以外のメリットが一切ない活動」ということになる。文字通り、”無為な行為で、貴重な時間を殺している”

 

また、条件の部分である「何かに着手しようとする気が起きるのを待つ、何か出来事が起きるのを待つ」という部分もすごくドキッとする

 

自分が何かしらにおいて能動的な働きかけをする気が微塵もない状態で、状況の方が変わることを期して無駄なことでダラダラと時間を過ごす…。

 

そういう行為のことを「Kill time」と表しているのだと、最近はすごく恐ろしく思えている。暇つぶしと書けば聞こえがいいが、意味がない時間ならつまり無駄なのだ。

 

語源などは流石にわからないのだが、時間の貴重さ、大切さと、それを無駄にする行為の愚かさにおいては、英語圏の人の思索は相当進んでいたのだと思わされる。

 

―ところで、なんで僕がこういうことに思い至るようになったか。それはまさに、自分がことあるごとに「Kill time」しているのに気づいたからだ。

 

正直一分一秒さえ無駄にせず、現状を変えるための努力に注ぎ込まなければいけないと”頭では”解っていると、僕は僕をある種無邪気に信じていた。

 

だが今日、昼飯を食べた後、30分近くショート動画を50個以上もつらつらと、思考を停止した状態で眺めている自分に気づき、愕然とした

 

そしてどこか震えるような感覚を覚えながら、それらの動画の中で今の自分に活きそうな知識はいくつあったか、指折り数えてみようとした。指は一本も畳めなかった

 

・・僕は貴重な30分を、無為な時間で殺してしまったのだ!これは決して休憩なんかじゃない。何ならショート動画のジャンクな刺激に晒され、集中力は萎えたほどだ。

 

そんな出来事もあり、僕は猛烈に後悔した。そして改めて誓い直した。休憩をとるのはいい。だが、休憩と称して「Kill time」していないかはシビアに問おう、と。

 

具体的には、一度仕事のスイッチを入れたらショート動画はおろか、YouTubeも封印するくらいでいいだろう。本来それは必要ないものだからだ。

 

なんなら、出社して、帰宅後の時間以外、YouTubeそのものは封印してもいいくらいかもしれない。自制心というのは得てしてクソ雑魚だ。ルールが無いと簡単に崩れる。

 

徹底して、「Kill time」の時間を人生から追い出すべし。

 

強いて言えばこのことを再度己に突きつけられるようになったことが、ショート動画に垂れ流した時間によって得た、唯一のものかもしれない。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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