精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

「全てを使い切る」

今日は、「全てを使い切る」というテーマで、ひとつ記事を書いてみる。これは以前読んだ『小さなチーム、大きな仕事』という本の中に出てきた考え方だ。

 

うろ覚えではあるけれど、「舞台裏を見せる」とか「副産物を売る」といった言葉が印象に残っている。尚、これはファンコミュニティ構築における必須の要素でもある。

 

つまり、目に見える“製品”だけでなく、その過程や派生物まで含めて価値に変えていこうという教えだった。そして僕は、この考えにすごく共感している。

 

特に、個人塾を経営する立場としては、この視点は本当に重要だと感じる。すべてをこのフィルターから考えないと、大手の土俵に挑まされることになるからだ。

 

ということで以下、そんなことを起点として、つらつらと記事を書いていく。

 

 

強いヤツに憧れるのは勝手だが…

 

現実的な話として、例えば検索広告の一等地は、すべて大手に押さえられている。膨大な広告費をかけて、その場所を買い取っているのだ。

 

そのようなパワー押しで名前を浸透させている相手に対し、僕らのような小規模の事業者が正面から戦っても、全く太刀打ちできない。それは明白だろう。

 

ではどうするかといえば、その答え自体はすでに自明のようなもので、大手とは違う自分たち独自の強み、特色をいかに出していくか、それに尽きるのだ。

 

だからこそ、僕は「授業そのもの」以外の部分、たとえば日常の裏側や、実際の指導記録、成果事例、思考プロセスといった“副産物”を積極的に外に出すようにしている

 

これらは授業の「本体」ではないが、それらを活かして独自の広報・ブランディングに転化することができれば、「なぜこの塾を選ぶべきか」という理由になる

 

ただ正直なところ、僕はまだまだそういったリソースを使い切れていないと思っている。どちらかといえば、それがリソースであると感知できていない気がするのだ。

 

実際、どんなに良い指導ができていても、それを発信しなければ存在していないのと同じだ。そして下手な発信をすると、それは大手のマスな広告に流されておしまいだ。

 

指導内容や実績で劣っているつもりはまったくないが、大手もまたそれらを同じように出してくる。母数が違う以上、そこで競えば見劣りが生じ、こちらが勝手に負ける。

 

「実績」で張り合うのではなく、そこに「独自性」と「透明性」を加えて初めて、個人塾としての強みが活きるのだ。この点はすでに、強く、納得している。

 

ただそれを踏まえても、今の僕にはまだまだ“もったいない”ことが多いと思っている。ちゃんというなら、眼力が全然足りてないと思えてならないのだ。

 

意識を向けていないだけで、発信や差別化の材料になる素材は日々の中に山ほどあるはずなのに、それを見過ごしているのが現状だと感じている。

 

だからこそ最近は、「全てを使い切る」というマインドセットを強く持つようにしている。点数が上がったのなら、それは実績として広報が打てて、ブログの記事にもなる。

 

今自分が持っているもの、実践していること、それらを最後まで使い切るといった覚悟が、自塾の個性や差別化に直結する。ここに対してどこまでシビアになれるか

 

授業をして、生徒に提供して、それで終わりにしてしまうのは、何度考えても猛烈にもったいない。

 

そこから得られた知見や反応、生徒とのやりとり、成長のプロセス…あらゆるものが、冷静に考えれば「伝える価値のある副産物」になる。

 

その価値を見逃さず、すべてを活用しきったときに、ようやく「どこにも負けない発信力」「深みのあるブランド力」が生まれるのではないか。

 

最近は、そういった実感が少しずつ強くなっている。これは同時に、希望のある話だと僕は感じられている。

 

・・・とはいえ、こうした眼力は一朝一夕では身につかない。日々の意識の積み重ねがすべてだと思う。

 

だからこそ、日常の中で「これは何に使えるか?」と自問し続ける癖をつけていく。無駄にしているものはないか、取りこぼしている材料はないか。

 

そうした視点を持って、ようやく「全てを使い切る」が実践できるようになるのだと思う。先は長いが、歩みを止めたらそれは即ち没落だ。そう思うとまだまだやれそうだ。

 

ということで、今日はこの辺で。

 

 

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