常に頭を使う。これは常日頃から意識しているつもりだが、極めて平易な言葉で表現できるからこそ、自分がどこまでそれができているのか不安になることがある。
例えば、常に頭を使うことと、ずっと悩み続けることは、似て非なる別物だ。同様に、常に自分に仇を成した存在への復讐を考えることも、頭を使っているとは言えまい。
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頭を使うとは、それによって何かしらの生産的なことができていることがマストだと思っている。少なくとも、自分の中に発見が無い限りは、頭は使ってないも同然だ。
この本を読んでいると、本当に頭を使うことはどういうことか、膨大な具体例を通じて、段々染み込んでいくように理解できていくように感じられる。
僕は四六時中頭を使い続けたい。だからそのヒントを知るために、今週も以下、読んだ話をまとめていく。
- 8月18日(月) ファンとは。
- 8月19日(火) 「極端じゃなければ意味ないね」
- 8月20日(水) ファンと顧客を分かつモノ。
- 8月21日(火) なぜ人はそこを支援するのか。
- 8月22日(金) 小利口は馬鹿には勝てない。
- 8月23日(土) 巡る。
- 8月24日(日) ノイズキャンセリング。
8月18日(月) ファンとは。

「ファン」がテーマの章になった。僕自身、明確にそう自負している人やチームは、ちょこちょこいる。
だがその中でも上下はあって、成功するかしないかわからない挑戦に挑んでいること、またその途上があることが、僕にとっては大切だ。
応援されるためには挑戦するだけでは不十分で、その途上から都度どんどん公開していくことが必須。
そのためには発信が大事だが、それが映像、朗読、文章のどれなら自分の思いが載せられるかは結構考えた方がいい。その人に向いてない発信は、聞くに堪えないのだ。
僕もまた応援されなければ市場から退場するしかない身ゆえ、この辺りはずっと考えている。
8月19日(火) 「極端じゃなければ意味ないね」
応援されるチームがそうである理由を分析するのは、ある意味ワクワクするところがある。
しかし、個人的にはどうしても、「成功はアート、失敗はサイエンス」という構えの方がしっくりくる。
例えば僕にとっての魅力的な人は誰かと一言でいうならば、大谷翔平、職場の先輩、勝新太郎、シーザーなど、十人十色のバラバラな顔触れとなる。
しかもそれぞれに熱烈なファンと悪辣なアンチがいる始末だ。万人にウケる人気者などあり得ない。
強いていうなら、特に嫌われるような人としての愚行を意識的に避けつつも、それでも粘着するアンチがちょっといる状態が、健全な人気の証なのかもしれない。
8月20日(水) ファンと顧客を分かつモノ。

この人は、チームは、校舎は素敵だという特別製を獲得できれば、ファンに支えられるようになる。
だから昔の僕も含め、人は大体の場合、何かで一番になることで、特別さを得ようとする。例えばスポーツや勉強など、だ。
しかし悲しいかな、そういう才能や競技人口が多い世界で抜きん出ると、ステータスに憧れる人にモテはじめる。
つまり能力としては非凡なはずなのに、代替可能な存在としてカウントされてしまうのだ。もちろんそれでもすごいんだけど。
真の魅力を求めてわかりやすいステータスに縋る。自分事としてもそうならないよう、気を付けたい。
8月21日(火) なぜ人はそこを支援するのか。

根強いコアファンに支えられたチームとして僕が真っ先に浮かべるのは、広島東洋カープである。(出身が広島なのも関係していると思うけど)
アメトーークでも特集が組まれるほど、ネタと愛に富んだチームであり、そういう意味では他のチームとは色んな意味で一線を画しているイメージを持つ。
一時期はカープ女子なんて言葉も流行るほど、そこに入れ込む人がいたくらいだ。ここまでコアファンが強い事例は本当になかなかない気がする。
こういうのを見る目線が、コミュニティとして再現可能なヒントが無いかになっている自分にも驚いたが、それまでそのことに気づかなかったのもびっくりだ。
まさに灯台下暗しである。
8月22日(金) 小利口は馬鹿には勝てない。

子供と何をして過ごすのか。その遊びの内容は、統計的なデータ(アンケートとか)を基に決めても良いし、実際に遊びながら決めてもいい。
筆者はその点、その場で面白いゲームを考える達人で、その子供は、それに乗る達人だと思った。
遊びは考えるのも大切だけど、それに自分が乗っかるとか、乗っかる人を持っておくとかも大切だ。
孤独は人を壊すが、その痛みは癌にも匹敵するという。遊びが繋ぐものは何か、敏感でありたい。
8月23日(土) 巡る。

ギャンブルには手を出せ、という持論を展開する人がいる。賛否はあるだろうが、確かに学べるものは多いと感じる。
この世が全てデータとか公式とかで記述でき、かつそれにより予測できるなら話は早い。
しかしデータや数値はあくまで参考程度にすべき指標であり、それを妄信的に振りかざすのは考えものだ。
人智を超えた計らいが存在し、巨大な流れにあることを皮膚感覚で理解する。その最たる例がギャンブルなのかもしれない。
ただ、僕はパチンコ店は音と光が嫌いで、麻雀はわからない。代替案を探さないといけないな、とも思っている。
8月24日(日) ノイズキャンセリング。

もっとも精度が高い予測とはなにか。皮肉なものだが、いつも外す人の逆張りがそれになるらしい。
ただの主観、思い付き、詐欺広告の受け売り……特にネットには、予測ではないただの独り言がとても多い。
基本的にはそれらは「無視」すると決めるだけで、予測や分析の精度は確かに高まると言えそうだ。
予測や予想のコツは、自分のセンサーを丁寧に点検し、無駄に歪ませないことにある。そう捉えておくと、確かに納得感は強い。
では今日はこの辺で。