この6月頃に色々あって以降、仕事については時間も労力も、迷いなく注いでひたすらに邁進してきたつもりではある。
ただ、一つだけ同時に、心の片隅で懸念していたことがある。それは、「何もかも自分1人でやろうとしていることは、見えないリスクが大きいのではないか」という点だ。

とはいえ僕が一貫して目指しているのはむしろ【属人化】であり、僕自身が前面に立って校舎の広報やイメージを新しく作り直すことを狙っている。
そのため「1人でやりすぎている」という感覚はある意味必然でもあった。どの起業家も最初は、独りで誰よりも働いている時期があるように。
しかしどのビジネス書を読んでも「1人で抱え込むのはダメ」「部下に任せないリーダーは失格」と散々に書かれている。このことがずっと、引っ掛かってもいた。
だからこそ、自分のやり方が独りよがりではないかという迷いは、ずっと心の中にあった。これが軽微なものとはいえ、ブレーキのように作用している気もしていたのだ。
・・・ただ、最近になって、この考えが吹っ切れた。特に今日強く思ったのは、「人に任せないのはリーダー失格」といった言説は、正直うるさいということだ。
今日はこれを基に、以下記事を書いていく。
この程度で抱え込んで爆発するほど、僕はヘボくない。

頼ることについて、僕の基本的な考え方はシンプルだと思っている。まず自分でやってみて、それでもできないことだけを人に頼ればいい。そんな風に決めている。
例えば僕は理系が得意ではないので、それらは他の講師にお願いしている。また、担当したことのない生徒の面談なども、実際に授業を担当した講師に任せている。
こう考えると、分担は既にできているとも言える。僕は思った以上に、人を頼れていない・・わけではないのかもしれない。
一方で、僕が取り組んでいる属人化戦略のための手段は、周囲にはマジで理解されにくいらしい。一時期はそれによって、寂しさや孤独を常に感じていたほどである。
「そんなにやっても仕方ない」「もっと休んだ方がいい」などと言われるたびに、正直なところ「だから業績がここまで落ちたのだろう」と心の中で吐き捨ててしまう。
―僕が基本的に人を頼らない最大の理由は、「大体の場合、依頼しても仕事が倍になるから」である。
例えば「ランキング表を作って」とお願いしても、その意図が理解・共有されていなければ、僕の意図が全く反映されていない低品質なものが出来上がるだろう。
そのたびに「自分でやった方が早かったし、質も良かったなぁ」と思うのは、目に見えている。しかしそれは、僕の説明不足のせい、ともいえる。
―となれば、こう思う。説明に時間を割いている暇があれば、自分で処理した方が効率的ではないか、と。実際、説明の間に手が止まるのは、僕とその人の二人なのだ。
特に今は、出社時間を自主的に数時間早めている関係で、自分でやれてしまう作業量が物凄く増えている。
結果として周囲が暇そうにしていても「それはそれで仕方ないことか」と感じている。ストレスも苛立ちも、何も感じなくなってきているくらいだ。
むしろ、本当に手が回っていない校舎にリソースとして配置換えしてもいい、とすら思っている。この程度で潰れるほど、僕は別にセンチメンタルではないようだ。
やはり、個人事業のように自分の手が大体に届いてしまうのなら、頼らずとも完結できてしまうことが大半だ。
もちろん、仕事の規模が小さくなるリスクはある。しかし「存続すら危うい」段階では、まずは生き残りが優先であり、スケールアップはその後の話だと思っている。
さらに言えば、僕はすでにChatGPTを外注先として活用している。そうなると、人に頼む必要性は以前よりも減っていると実感する。
やはり、「頼れないやつは二流だ」という言説には、どうしても賛成できない。それはある程度安定して、ある程度大きな組織を抱えた幸運な人が耳を貸せばいい話だ。
今はそんなことを気にしている場合ではなく、自分の属人化という軸に全てを集約し、自分自身を追い込み、抱え込み、そしてやり切る。そこまで覚悟しているつもりだ。
ということで今日はこの辺で。