たまに、「名言集」といったものをショート動画などで目にする。困難に対し、偉人や著名人がどのような心構えを示したか。そうした言葉を読むことは、確かに有益だ。
もちろん、その場で「いい言葉だな」と思ったり、「そう考えれば、確かに前向きになれる」と感じることもある。
しかし心の底まで刺さり、長期的に自分を支えてくれる言葉というのは、正直あまり多くない。
しかも、時と場合によってもその響き方が変わるため、「座右の銘」と呼べるほどのものにはなかなか出会えないでいた。
そんな中、最近はっきりと自分を励ましてくれる言葉に出会った。少なくともここ3ヶ月は、その言葉が僕の心の支えになっている。
既にタイトルにも書いた、「敗者に休息なし」、だ。いわば過激な言葉っちゃ言葉だが、今日はそれを基にエッセイを書いていく。
「敗者に休息なし」。
これは、ある筋トレ系YouTuberが大会で望んだ結果を残せなかった直後に、Instagramのストーリーに書き添えていた言葉だ。
大会から2日後にはすでに厳しいトレーニングを再開しており、その投稿の右下に書かれていたのが、この一言である。だからこそ、重みと凄みが段違いだと感じた。
この言葉は、その状況・背景もあり、僕の心の奥底まで、じわっと染み込んできた。極めてシンプルだが、「その通りだ」と思わせる迫力があった。
何故それを痛感したかというと、僕自身がまだまだ「敗者」にあると、我ながら思うからだ。と同時に、今の自分には、これ程の覚悟が必要だと感じたからだ。
現状を変えるためには、先を走っている人たちや、自分の掲げる目標に、1日でも早く近づかねばならない。そのためには、休みを取ることは甘えに過ぎないと感じている。
もちろん、僕の下で働く人たちには満額で休暇を取ってほしいし、それを推奨している。ただ、僕が「福利厚生」を優先して集中を緩めてしまったら、それで終わりだ。
だからこそ、この言葉は今の僕にとって最も有効な”支え”となっている。世の中が働き方改革という方向へ舵を切っている今こそ、周りに追いつくチャンスなのだ。
もちろん、疲れや集中の切れを感じた際に、少し休憩することは構わない。むしろそれはパフォーマンスを高めるために、必要不可欠な時間だといえる。
しかし「バカンスに行く」など、長い休みを満喫する必要も余裕もあるか?と自問すると、答えは常に「ない」となる。それは休憩じゃなくて逃避だとさえ感じる。
正直に言えば、休みたいと思う瞬間が、ゼロというわけではない。しかし、そこで押し切られず、「敗者に休息なし」と唱えることで、気持ちが前に、そして冷静に戻る。
今の僕にとっての冷静さとは、「結果に対して意識を集中できていること」だ。だからこそ、この言葉は超絶ブラックな意味を纏っているが、僕にとっては救いになっている。
もちろん、こんな理屈を人に勧めることはできない。まず間違いなく僕のもとから去っていくだろうし、下手すれば労基に駆け込まれて一撃アウトだ。
だが、あくまでも僕が僕のために掲げている言葉であり、そこに他人を巻き込む気はない以上、別にいいだろうとも思っている。
それに、はっきり言って、僕は今マジで休みの日が要らない。その日の疲れは寝たら取れるし、したい遊びも午前中に1時間くらい出掛ければ事足りる。
その分まで仕事に投じて、やっとこさ現状がどこまで変わるか、という話なのだ。これは性分であり、今更教育で変わる類のものでもないと諦めている。
「敗者に休息なし」。やはり僕にとってはとても、響きの良い言葉である。
では今日はこの辺で。