僕は度々書いていることだが、「目標の数値にたどり着くまでは休日を作らない」と決めている。職場に行かない時間が1日の中に絶対無いようにしている感じだ。
もちろん、誰にも授業をすることのない日曜日とかに15時間働くのは無理があるので、最低でも4~5時間は経理の勉強などを行い、仕事としてカウントする形にしている。
最初は「一体いつまで続けることになるんだろう」と思い、その先が見えない状態で働き続けることに大きな不安もあったが、数か月経た今、結論として、全然きつくない。
むしろ、たまに休日があった頃より、ストレスが減ったような気さえしている。だから最近、自分がうすうす感じていたことに、納得感が伴いつつある。
それこそ、結局、「毎日やる」のが一番ラク、というものだ。今日はそれをテーマに、短編を書いてみる。
するかしないかを、己にいちいち問わない。
何かしらの物事を習慣化するには、少なくとも週に5~6日はそれに取り組むということを、7~8週繰り返せばOK,みたいな話を聞いたことがある。
これは即ち、週休2日くらいであれば休んでOKという意味に解釈でき、そこでうまくストレスや疲労をマネジメントすることで、気づけば習慣・自動化に至ると解釈できる。
だが、僕はそれこそ「3日やったら1日休もう」というリズムで習慣を維持できたことが、本当に過去1回もない。これは人生を振り返っても、そうだ。
僕が何かに取り組むとなったら、やるなら毎日やる、やらないなら一切やらないという本当に両極端な思考でないと、つまり続かないのである。(ADHDの典型症状らしい)
例えば僕は、今はひと月以上酒を毎晩飲んじゃっているのだが、スイッチが入って一度止めると、1~2か月以上飲まないことも普通にある。
逆に「2週間に1回は飲んでいい」というルールを作ってみたところ、これが不思議とめっちゃストレスになり、そこから習慣を崩すきっかけになってしまったこともある。
つまり「やったりやらなかったり」というリズムよりも、「やると決めたら毎日続ける」という方が、僕にとっては精神的に楽なのだと実感している。
これは西野亮廣氏もR25のインタビューか何かで答えていたことであり、「毎日やる方がやっぱり楽」と思う人は、世の中に結構いるようなのである。
これもまた、過去の記事を読み返していて気づいたのだが、僕がオフの日を嫌う理由は、毎日継続していたことによるリズムが、強制的に断たれるからだ。
高速回転していたコマを一度指ではじくと、途端にバランスを崩し、ぐわんぐわんと揺れて、気づけば転倒し、また紐を巻いて投げ直しになる。それと同じだ。
今の自分が「安定して」回転している自覚がある手前、それを止めるような時間は全てノイズに等しい。何より今は別に、肉体的疲労は感じていない。
だから今日も、もちろん仕事をする。明日は日曜日で月曜日は祝日なのだが、関係ない。振替授業などを組んで、既に出社する用事は立てた。
仮に生徒が来なくても、ちょっと停滞していた経理の勉強や、掲示物の作成、見込み客のリストを作ってのDMの用意など、他にできることは山積なのだ。
今となってはもう、「今日は休んだ」という実感を抱くことが一番の毒となる。遊びのお誘いがあったが、それも自動的に、かつ丁重に、さっき断ってきたところである。
敗者に休息なし。このマインドでやっていたら、気づけば人生丸ごとゾーンに入れたような感覚を抱けた。今は少しでも長く深く、それを続けることの方が大事だ。
結局、「毎日やる」のが一番ラク。いっそそっちに振り切ってみるのも、良いんじゃないかと僕は思う。
では今日はこの辺で。